北の開拓者たち


 ニアとダイジュが試合を始めたと知り、バトルパレスの研修生であるバンジローも準備を始めた。
 バンジローは、スキンヘッドに黒と赤の伝統衣装という、他の研修生たちとは一線を画す見た目をしていた。
 なぜ自分はこの場にいるのか、未だ実感がわかぬバンジローは、ここまでの過程をゆっくりと思い出していた。
 族長の末裔だと知らされたのは三年前、九歳の誕生日のことであった。
 それまで自分の両親だと思っていたトギリとセリは、全く血の繋がらない他人だったのだ。
「そんな、嘘だろ」
「バンジロー、まずは最後まで聞いてくれ。お前の母はお前を産んだ時に亡くなり、父は軟禁中に病死したんだ」
 父の軟禁、それはサクハ地方が大統一時代と呼ばれていた頃の話だ。
 サクハ統一を指揮する立場だった族長としての父アズマイチゲは、当時のチャンピオンであるラショウに目をつけられ、自宅軟禁を強いられたのだ。
 アズマイチゲの死後、バンジローは、彼と仲が良かったトギリ、セリ夫婦に預けられた。
 当時からトギリは地理学や地質学に精通しており、またセリも詩人であった。先住民とはいえ、文化人を軟禁でもすれば教養市民層からラショウへの支持はがた落ちする。そこを考慮して、この二人にバンジローを預けるということで、部族内で意見が一致したのだ。
 トギリ、セリ夫婦は子供を授かってはいなかったし、バンジローは王子としてではなく、自分たちの子供として育てた。
「だが」
 一連の出来事を説明した後、トギリは話を変えた。
「今でも年配のダイロウ民にとっては、お前は王子だ。お前の家系はずっと男系で、そしてお前の一番の相棒であるノクタスは女系が続いている」
「そ、それがなんだよ。どんなにいい血統だったとしても、そんなの僕が独りぼっちってことじゃん。父さんも母さんも、実の親じゃなかったなんて……」
 今や、バンジローのもとに多大な財産があるわけではないし、王子だなんて名前だけだ。統一とはいえ、先住民も牙を抜かれてしまった。そんな彼らを統率する存在なんて、もはや必要ない、とバンジローは思った。
「……すまない」
 トギリは、その日はそれ以上何も言わなかった。

「ねえねえ、そこのキミ」
 現サクハフロンティアオーナーであるロダンに話しかけられたのは、その日から数日後のことだった。
「ああ、なんですか? 観光でしたら、古代の左腕は」
「違う違う。君、バンジロー君に用があるんだ」
 ロダンはバンジローに近づき、首からさげていたモンスターボールを眺める。
「これ――プレシャスボールか」
「それがなんですか」
「いや、珍しいよこれ。……ステータスがないと手に入らない」
「……」
 父の形見だ、とは言いたくなかった。王子でもなんでも、もはや意味がない。プレシャスとは、「高貴な、気取った」という意味であり、その名前も相まってバンジローはこのボールがあまり好きではなかった。
「ねえ、中のポケモン見せてよ!」
「……なんでですか」
「見たいから。ワタシだってトレーナーだからね」
「……出てこい、ノクタス!」
 首からさげたままスイッチを押すと、メスのノクタスが静かに飛び出した。
「まるで「族長のポケモンとしての礼儀」が残ってる感じだな」
「あなた、さっきから何なんですか?」
 バンジローは身をこわばらせる。ダイロウ内部の年配の者はみんな自分の素性を知っていたのだと思うと少し悲しく恐ろしくもあったが、外部の者だからなにも知らないだろう、と油断していたのだ。
「スカウターさ。再来年開業予定のサクハフロンティアのオーナー、ロダンだ」
 ロダンはそう言って名刺を渡す。そういう施設ができるということは、バンジローも人づてに聞いていた。
「とはいっても、君は若いから研修生、ブレーンの補佐ね。研修生は各地方からとびっきりの子たちを集めてる。そして、サクハ地方の代表が君だ」
「ふざけんなっ!」
 バンジローはそう言って、名刺を投げ捨てた。名刺は泥水に浸される。
「サクハ代表って……バトル以外の要素で決めたとしか思えない!」
「ああ、そう思うの。じゃあバトルしてみる? ノクタス強そうだし」
「……それで気が済むなら」

 バンジローの希望もあり、一対一の単純なバトルとなった。
「ゴルダック、クッキングタイムだ!」
「ゴ、ゴルダック? 僕はノクタスでいきますけど……」
「かまわないよ」

 バンジローは、驚くほどあっさりと負けてしまった。相性の良いゴルダック相手だったし、ノクタスの強さにも自信があった。
 だが、負けたほうが、むしろバンジローには好都合だった。
「ほら、だから僕なんかが研修生なんて」
「いや、やっぱり君が欲しい」
「は?」
 バンジローは心底呆れた。
「やはりノクタスは強い、それに強い絆を感じさせる。パレス向きだ」
「パレスって……王宮、ですか?」
「そうそう、ただの施設名だけど。まあオリジナルはホウエン地方で」
「より嫌になりました」
「ありゃ……」
「僕とノクタスのことを褒めてくださったことには感謝します」
 バンジローはそう言って、帰路を急いだ。

 それから、ノクタスの態度が以前と違うことに気がついた。
 ノクタスには昔の記憶があるのだ。母ノクタスのこと、バンジローの真の両親のこと。
「お前も……隠してたんだな」
「ノク……」
「まあ、そうだよな。お互い言葉はわからない。だから上手くやってけたってことなんだろうけど」
 バンジローが抑揚のない声で言うと、ノクタスは落ち込んでしまった。
「別にネガティブな意味で言ってねーよ。言葉が通じるってのも面倒なんだぜ。ポケモンと一緒にいるほうが楽しいことも多いしな」

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