翌日、バンジローがダイロウシティのはずれにいると、またロダンがやって来た。
「オセロやろう、オセロ」
「はぁ?」
思わず、年上の者に対する礼儀も忘れ、返事をしてしまった。
「だってさー、バンジロー君、好きらしいじゃん。ワタシはオセロは苦手だし、教えてほしーなー」
「……どこでやるんですか」
「えー、そんなん川端でいいじゃん。ほら、折りたたみテーブルもあることだし!」
断ろうと思ったが、ロダンはおかまいなしにテーブルを出し、その上にオセロの箱を置いてみせる。
まあ、一度くらいなら、と思い、バンジローはテーブルの向かいに座った。
「うひゃー、負けだ。やっぱりスミを取られるのはきついな」
「えーっ、四隅全部取ったのに負けぇ? お前ほんと強いんだなー」
「おー勝てる勝てる! ってかそこに気付いたかやめろたまには勝たせろ!」
なんだかんだで、そういう日々が続いた。結果はバンジローの全勝だった。
ある日、ロダンが片づけをしている時に、バンジローは訊いた。
「なんで僕なんですか」
「ノクタスが強いから」
ロダンは一泊も置かず返事した。
「だから、僕のノクタスはあなたに負けて」
「じゃあ、言葉を変えよう。ノクタスに惚れたから」
「惚れっ……」
「変な意味に取るなよ」
ロダンはまた、今日も首にさがっているボールを見る。
「見れば見るほど美しい!」
「まさか、ボールのことですか?」
「んなわけないだろ。でも、それ大切にしなよ」
「ノクタスのボールですから、大切にはしてますよ」
「それはそうだけどさ」
ロダンは、ダイロウ滞在中にも、住民にバンジローの過去のことを聞いていたのだ。
「君の本当のお母さんも、君の誕生を楽しみにしてて、お父さんも君を溺愛していたそうじゃないか」
「聞きたくないです」
「もう子供ではないだろう」
そう言われると、聞かなければいけないような気がする。たちの悪い言葉だ、とバンジローは思った。
「プレシャスボールってどういう意味だ?」
「高貴なボール、気取ったボールって意味でしょ」
「それだけか?」
「えっ」
ロダンは瞬きする。そして、サクハの歴史が詰まった“古代の左腕”を見上げて言った。
「プレシャスという単語の意味は、それだけじゃない。大切な、最愛な、という意味もある」
バンジローは目を見開いた。そして、目の前の、“古代の左腕”を見ながら話すロダンをじっと見る。ロダンはそれに気付き、バンジローのほうに向き直った。
「だから、このボールは自分で買って使うのでなく、大切な人に送ったり、大切なポケモンを入れたりするのに使われる。統一前はこんなもの入手困難を極めたことだろう、それでも父は、このボールを用意した」
大切な、最愛な。
その言葉を心で繰り返すと、やがて一つの記憶がよみがえる。
父の記憶などあるわけもないが、一番古い記憶の中にこんなものがあった。
「僕、……アフカスのことは憶えているんです」
サクハ統一時に姿を見せた伝説のポケモン、アフカスの言葉だ。
一番古い記憶のくせに、「見守る」と言われたことだけは、鮮明に思い出せる。
さらに、アフカスからかなり遠いところでセリに抱かれていたにも関わらず、アフカスとははっきりと目が合ったのだ。
他の誰でもない、自分を見ていた――と思うのはうぬぼれかもしれない。
「ひょっとしたらアフカスも、君が族長の末裔であることは知っていたんじゃないかな?」
「そう、かもしれませんね」
しばらくの間、沈黙が流れた。バンジローは、プレシャスボールをしきりにいじくっていた。
だが、またロダンのほうをまっすぐ見て、言う。
「本当に僕とノクタスでいいんですか」
「君とノクタスがいいんだ」
「それでは……お願いします」
「えっ」
「ブレーン研修生のことです」
「えっ……おお!」
やった、と叫び、ロダンはバンジローに抱きつく。
「本当に、あなたは、スキンシップが、多……」
「だって嬉しいんだもん!」
それからは密度の濃い日々が続いた。
そして、今。
「パレスエリートのバンジロー。エデルさん、あなたの実力を試させてもらいます」
サクハ代表として、ここにいる。
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