デイジとの一戦は、結論から言うと完敗だった。砂漠で鍛えられたポケモンたちに、人工島しか見たことがないサミナのポケモンは手も足も出なかったのだ。
「そんな……」
「少数民族の暮らしや伝説を復興させる運動は世界中で起きてる。これもグローバル化の恩恵だろうな。だから、サミナちゃん、君ももう一度考えてほしい」
 言って、デイジは場を去った。その後も、足音がずっとサミナの内にこだましていた。

 なるほど、とコアは唸る。
「もう手段なんて選んでられない! もっと強いトレーナーと戦って……」
「わかったよサミナ。じゃあ」
 はじめて呼び捨てで呼んで、コアはサミナの肩に手を置いた。
「自分で行け」
「えっ……? でも私、ここしか見たことがなくて」
「君は変わりたいんだろう? だったら言い訳しちゃ駄目だ。彼に何かを伝えたいなら、見聞を広めて自分はどうしたいのかもう一度考えるべきだ」
 はっきりと言われて、またサミナは心を閉ざしかけた。しかし、コアの言うとおりだ。
「俺はかつて、この島の街開きに関わった。それから、いろいろな人やポケモンが移住するにつれて、多様な文化や考え方を受け入れることになった。ここは自由だ、そう思ってくれるのは嬉しい。だけど、この土地に縛られてしまうと、やっぱり物事を多角的に見ることはできなくなってしまう」
「コアさん」
「外を知るんだ、サミナ。ペンタシティへは定期船が出ている。ラルクとガリオンの二人にも話しておくから、君がポケモンとともに本土を歩むんだ」
 私がポケモンとともに。
 コアの言葉に、ポケモンたちは賛成のようだった。思えばサミナは、ロゼリアの生息するような広い花畑も、カエンジシが走る燃えるような大地も、何も知らない。
 この子たちの、ありのままの姿を知らない。
「……わかりました、私行きます。ただ……」
「ただ?」
 そこでどもってしまったが、コアは続きを促すことはせずに待ってくれた。
「どんな状態で帰ってきても、受け入れてほしいです」
「……はは、なんだそういうことか! お安い御用だ、どんな姿で帰ってくるか、楽しみにしてるよ」
「ちょ、それはそれで……!」
「肩肘張らずに行ってきな、ほれ、選別だ」
「え?」
 コアはサミナの掌に小物を落とした。それは黄色い星がモチーフのヘアピンだった。
「本土は山もあれば強風もある。前髪持ち上げて、視界がきいたほうがいいだろ!」
「……ありがとうございます」
 サミナはそれをポケットにしまった。

 旅支度をして船に乗り、丸い窓にはめられたガラスを見てヘアピンの存在を思い出す。窓を見ながらヘアピンをつけると、なんだか背筋がしゃんとした。

 ○

 ペンタシティの港では人やポケモンたちが思い思いに過ごしていた。
 カラフルな浮き輪が入り口を飾る飲食店を見て、サミナはコアの料理を思い出す。しかし彼ともしばらくお別れなのだと、サミナはヘアピンを指でなぞった。
 ヘキサシティとの違いでまず明白なのは、土地の広さだ。ミタマ本土にはあまり高層ビルがないと聞いていたが、ショッピングモールもオフィスも低層建築で、駐車場も平面のみ。政治の中心、ペンタシティでこれなのだから、他の町もそうなのだろう。
「あの船に乗ってきたの? 面白いポケモン持ってるね」
「えっ、ミノムッチのこと?」
 突然、二十代後半ぐらいのスッとした立ち姿の女性に話しかけられた。ミタマ本土の風習に倣ってサミナがその時ボールから出していたのは、ロゼリア、カエンジシ、そしてミノムッチだ。
「えっと……面白いってどういうことですか?」
「本当に知らないみたいだね。旅を続けていると、きっと驚くべき発見があるよ。きっと君たちを楽しくしてくれる。……それと、うちのスクールは旅人に向けた体験教室もしてるから、エーディア様の思し召しがあればまた会いましょう」
 そう言って彼女が差し出したポケットティッシュには、ペンタシティトレーナーズスクールへの地図が載っていた。

 教室とは言うものの。
 興味を抱いてトレーナーズスクールに来たサミナを待ち構えていたのは、他のトレーナーとの連戦だった。
「ほっ、ほんとに体験しかないじゃーん!」
 なかば涙目になって生徒とのバトルに応じるサミナだが、こんなところで負けるわけにはいかないと心を強く持った。
「カエンジシ、炎のキバー!」
 毒を受けながらもカエンジシは勇敢にも相手のコイルに噛みつき、そのままコイルは空中を漂い、やがて戦闘不能となった。
「タイプ相性、よし。しかしカエンジシも毒状態……毎ターン体力が削られてもう持たないはず」
 おしゃれなフレームの眼鏡をかけた男子生徒が言った。
「……そ、そうだった!」
「焦らないで。こういう場合は、毒消しやモモンの実で毒を癒せる」
 そう言って、生徒の少年は、サミナのカエンジシに毒消しを吹きかけた。
「あと旅するならこれも覚えておいたほうがいい。元気のかけらは田舎のお店でも買える」
 言って、少年はなれた手つきで「元気のかけら」と呼ばれた石のような道具をコイルにかざした。ひんし状態であったのに、またコイルは起き上がり、場を漂う。万全の状態ではないが、気分は良いようだ。
「えっ……ポケモンセンター以外でこんな方法があったの」
「そう。街にいるならポケモンセンターでいいけど、旅するなら用意しておいたほうがいい」

 スクールはこんな具合で、生徒一人に勝つたびに旅のアドバイスをもらえた。全戦を終え、先ほどの女性に再会した時には、サミナにもかなりバトルや旅の知識がついていた。
「来てくれたんだね! 嬉しいよ。それじゃこれ。モールでのポケモンアイテム割引券!」
 何々が何パーセントオフ、と書かれた割引券を見て、サミナは腑に落ちた。この無料体験教室は、ペンタシティのショッピングモールとのコラボ企画だったのだ。
「なるほどねー……。でも、実践経験も知識も増えて、とても楽しかったです」
「良かった。これからの旅路もエーディア様が見守ってくださることを祈っているわ」

 コアの知り合いであるラルクやガリオンに挑むためには、ドーラン山脈と呼ばれる難所を越える必要があった。
 貰った割引券をフルに使って、旅支度を改めて整える。足腰に自信はない。しかし、不安そうなサミナとは裏腹に、ポケモンたちは皆元気そうだ。
「……みんな、もとは自然から来たんだもんね」
 それは人間のサミナとて例外ではない。もっと多くを知り、自身が砂の民の子孫であることに何らかの結論を見出だせるように。また力強く、一歩を踏み出した。

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