海岸線に沿って歩き、たどり着いた場所はアスラタウンという小さな町だった。
 色とりどりのお花や木の実が風に揺れるのどかな風景の向こうには、煙を吐き出すドーラン山がそびえている。
 お花畑でのピクニックがひそかな夢だったサミナは、ポケモンセンターの厨房を借りて、サンドイッチを作った。もちろんポケモンたちには、彼らの大好きな木の実を入れて。
「いただきまーす!」
 まずは野菜と卵のサンドを一口。周りを見渡してさらに幸せな気持ちに浸る。デザートのフルーツサンドを口にしたとき、サミナはポケモンたちに話しかけた。
「ねえ、みんなおいしいかな……って、んん?」
 サミナはポケモンたち一匹一匹に視線を移し、最後のミノムッチを見たときに首を傾げた。
「ミノムッチ……ミノ、そんなんだっけ?」
「ぷしゅ?」
「はっは。この町の草地はお布団に丁度いいからなぁ」
 顔を上げると、そこには気の良さそうなおじさんがいた。ヘキサシティではまず見かけない服装から察するに、どうやら畑仕事を生業としているようだ。
「ミノ、変えちゃったんですか?」
「トレーナーのミノムッチは、バトルもするからミノの持ちが悪いんだな。そこで、ミノは大抵現地調達をしているのさ。お前さんは都会から来たのかい?」
「はい。いつももっと硬い素材のミノで」
「ならそれはゴミのミノだな」
「ゴミッ……」
 知られざるミノの素材を聞かされ、サミナは身の毛がよだつ思いがした。おじさんはまた笑う。
「人間にとってのゴミでも、ミノムッチにとっては大切な我が家だ」
「なるほど……?」
「その調子なら、わたしの畑にも驚いてくれるかもしれん。蜜も木の実もたっぷり採れるぞ。どうだ、付いてこんか?」
「えっ、でも、おじさんの土地ですよね? お金を払って譲っていただかないと」
「エーディア様の思し召しで出会えた旅人から金は取れんよ。ポケモンたちは準備万端だな。よし、レッツゴー」

 おじさんの畑には、ミツハニーと呼ばれるポケモンたちが飛び交っていた。おじさんは赤い額の個体をさして言う。
「今は働き蜂だが、あいつは女王蜂になるね」
「メスってことですか?」
「そうそう。お前さんのミノムッチもメスだから、オスとは進化先が違う」
「へぇー……」
 それも知らなかったことで、サミナには興味深い話だった。
「おっ、着い……」
「ローリー!」
 おじさんが言い終わるまでに、ロゼリアが眼前の花畑に飛び込む。ロゼリアそっくりのばら園だ。
「すごーい! これがばら……!」
「ロゼリアは、人間が青いバラの交配に成功したとき、いつの間にか隣りにいて発見されたポケモンと言われておる。ここには青いバラはないが、きっとどこか懐かしい感じがするのだろう」
「そうなの? ロゼリア」
「ロリー!」
 ロゼリアは腕をぶんぶん振る。どうやらサミナについてきてほしいようだ。
 ばら園を散歩していると、バラも品種ごとに香りが少しずつ違うのがわかる。どれも素敵な香りだ。
「ロゼリアのばらももっと良い香りになるのかな?」
「ロリ?」
「そうだなー、アロマセラピストのアシスタントをしているロゼリアは、みんな良い水を飲んでいるという。アスラタウンのわき水も甘くておいしいから、エーディア様の許すぶんだけ川から汲んできたらいいよ」
「そっかー。だって、ロゼリア! 行くしかないね。おじさん、色々と本当に有難うございました!」

 わき水を汲んで一杯。こんなおいしい水は飲んだことがないとサミナは感動を覚えた。
 険しい岩肌が空を突っ切る。ドーラン山はすぐそこだ。

 ○

 汗がじわりと浮かぶ。ヘキサシティの夏とどちらが暑いであろうか。
 タオルで汗を拭うと、足下ではロゼリアが必死に風を送ってくれていた。
「ありがとロゼリア。大丈夫だよ」
「ローリ?」
 汲んできたアスラタウンのわき水で喉を潤すと、眼下の光景を改めて見る。ドーラン山のマグマは、カエンジシの炎と同じぐらいか、それ以上に深い赤をしていた。環境が合うのか、ここに来てからカエンジシはずっと元気だ。
「ワフッ!」
 そしてまた駆け出す。
「ま、待ってよー! って、わっ」
 バランスが後方に崩れ、サミナの視界が転じた。背後は下り坂だ。まずい……!
 ロゼリアとミノムッチの悲痛な声が聞こえる……しかし、痛まなければ滑り落ちることもない。
 何かに支えられているのか、これ以上こけないことを察し、胸をなで下ろし……たところ、
「マァ〜〜!」
 と声をかけられ、心臓が飛び出るほど驚いた。
「えっ……ポケモン?」
「間一髪だったな、お嬢さん。よくやった、ムウマージ」
 どうやらサミナの背後から支えてくれていたポケモンがいるらしい。サミナはそのポケモンと向かい合い、例を言った。
「ありがと。……めちゃくちゃびっくりしたけど」
「マァー」
「こいつはすぐ人を脅かしたがるからな。お嬢さん、ドーラン山ははじめて……って、え」
「ああ!」
 目の前に立っていたのは、ジムリーダー・コアの友人、テトラタウンジムリーダーのラルクだったのだ。暗い色のフードに隠れた目はいまいち感情を読み取れないが、口は笑っていた。
「お久しぶりです! サミナです。覚えていただいているでしょうか」
「会うたびにコアが話してくるから嫌でも覚えるさ」
 サミナは苦笑した。ラルクとコアは出会えばへらず口、そしてバトル。しかしそれも親しきことの証なのだとガリオンが言っていた。
「エーディア様の思し召しとはいえ驚いたな。旅を始めたのか」
「はい。まあ……色々あって。ここを越えたらラルクさんにも挑戦したいと思ってて……」
「へえ、光栄だな。それじゃあこれを」
 ラルクはリュック二つ分はありそうな袋をサミナに差し出した。
「これは?」
「灰袋。火山灰集めてみな。まあ俺からの軽いヒントだ」

 ラルクと別れてからも、サミナにはヒントの意図がわからなかった。しかし、カエンジシは乗り気のようで、火山灰の積もったところを見つけてはサミナを促す。灰袋につめるのはなかなか足腰に来る作業で、袋を引きずっていると、後ろからロゼリアとミノムッチが押してくれた。
「ちょ、いいって! 汚れちゃうよ」
 しかし、今日の二匹は、自慢のばらやミノが汚れても平気な様子だった。
「楽しいのかな……? 疲れたらすぐ私かカエンジシに乗るんだよ」
 そのまま休憩を挟みつつ火山灰を集め、中身が六分目に達したところで、カエンジシは足を止めた。
「カエンジシ? なにかあるの……おわっ」
 煙の向こうに見えたのは、天然温泉だった。入浴の文化で育っていないサミナはもちろん初見だ。ただ、ドーラン山の温泉は昔から戦士たちやポケモンを癒やしていたのだと学校で習ったことはある。
 サミナが早速手を浸そうとするとカエンジシに止められる。どうしたの、と声を掛けると、カエンジシは先に自分の前足を浸した。摂氏6000度の熱にも耐えられるカエンジシが、これは人間でも浸かれる水温なのか見てくれているのだ。
 カエンジシは頷いた。続いて場にいくつかあった温泉に順番に前足を浸し、ロゼリアとミノムッチを案内する。
「ありがとカエンジシ!」
 サミナは水着に着替えてお湯に浸かる。また汗をかいたが不快感はない。カエンジシは水温の高いお湯が気に入ったようで、少し離れたところで自らの身体を癒している。
 思い思いに温泉を楽しんだところで、サミナは仲間を集めて言った。
「みんな、今日は本当にありがとう。この火山灰がどうなるのかわからないけど……次の町ももうすぐみたいだし、ラルクさんのことだから何かあるはず。これからも頑張ってこ!」
「ガウ」
「ローリー!」
「ぷしゅう!」
 一行は、皆爽やかな顔色をしていた。

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