ドーラン山脈の谷にあるテトラタウンは、行き交う人のほとんどが旅人や修行者であった。通りには小売店や旅籠が並ぶ。この土地らしく足湯もあって、サミナはそこで足を癒した。
「こんなところまでよく来たね。お嬢さんと出会えたのもエーディア様の思し召しかな」
「エーディア様の思し召しなら修行再開。そうでなければいつになるかな」
 ペンタシティに着いた時から思っていたことだが、ミタマ本土の人間は、この地方で神様とされているポケモン、エーディアの名を口にする。
 サミナもミタマの人間であるからエーディアのことを尊敬しているが、なんというか、本土の人間は信仰の根付き方が違うのだ。どの町の人間でも、どの立場の人間でも、エーディアを敬い、挨拶をし、助け合っている。それは嘗て、サミナが「親密すぎる人間関係」として避けてきた考え方でもあった。
 しかし今は、本土の人間が――少し羨ましいとすら思う。

 ビードロ工場は町の外れにあった。テラスの内側に色とりどりのガラス細工が並べられている。どうやら販売もここでしているらしい。
「おっ、灰袋だな! よし、これだけあれば作れるぞ」
 工場長に灰袋を見せたサミナは、商品のカタログを差し出された。
「えっ、これは」
「欲しいものを選びな。この量だとグループAのものは全部作れる」
「貰えるんですか!?」
「さてはお前もラルクからだな? うちは灰袋に火山灰を集めてくれたトレーナーに、集まったぶんの半分で作れるビードロ細工をプレゼントしてんだ。つまりバイト」
 知らず知らずのうちにアルバイトをしていたとは。サミナは驚いたが、しかしラルクのヒントというのはアルバイト行為そのものではないはずだ。
 カタログに目を凝らす。ミタマでは定番のポケモンであるイーブイや進化系たちの置物、ストラップ。グレイシアやドラグルラなんかは雰囲気がぴったりだ。それから食器類、ここにもイーブイたちが軽快なタッチで描かれている。
(どれが正解……?)
 ここにヒントがあるはずなのだ。サミナはさらに視線を移し、茶色いラインで囲まれた項目にはっとした。
『バトルや旅で大活躍! ビードロ細工のポッピン』
 これか、とサミナは察する。火山灰の量も少なく作ってもらえるものだが、載っているポッピン全てを作ってもらうことは出来ない。
(どれを選ぶのがいいんだろう)
 眠気を覚ます青いビードロ。混乱を治す黄色ビードロ。恋の情熱を抑える赤いビードロ。それから、野生ポケモンの飛び出しやすさに関係する白いビードロと黒いビードロ。
 サミナはトレーナーズスクールでのバトルを思い出す。ラルクさんはゴーストタイプのエキスパート。ゴーストタイプの主たる戦略といえば……

「来たね。さあ、君の実力を見せてもらおうか」
 ジムでのラルクは、サミナの旅路を詳しく聞くこともなく、フィールドのジムリーダーサイドに立った。サミナも挑戦者サイドに立つ。
 サミナといえば、ラルクに訊きたいことは山ほどあった。それでも、今することはバトルしかない。俺は喋るのが好きだけど、たまにバトルでのほうが饒舌なやつがいる、と昔コアに教えてもらったのだ。
「ソウルスピ、いけ」
「いくよ、ミノムッチ」
「ぷしゅ!」
 ミノムッチはバトルには向かないポケモンだ。戦術もシンプルなものしか取れない。しかし、そうであるからこそ、実力を測ってもらうにはぴったりだと思ったのだ。
「シャドーボール」
「虫食い!」
 いきなりの相打ち。しかしやはり攻撃力では劣ってしまう。
「守る」
「……不意討ち、できなかったか」
 ゴーストタイプを相手にするとき、大切にすべきは「勘」と「読み」。ゴーストタイプの種族はは攻撃技でひたすら攻めるというよりは、変化技や動きを封じる技で相手を不利な状況に陥れる。薄暗いジムで、相手の動きやラルクとの位置関係から次の行動を察し、「守る」か「虫食い」を指示する。これがサミナの戦略のすべてだった。
「今だ、不意討ち」
「ああっ!」
 相手の体力もだいぶ削れただろうか、というところで、ソウルスピの不意討ちが決まってしまい、ミノムッチは飛ばされてしまった。
「ミノムッチ、戦闘不能。ソウルスピの勝ち」
「自慢のミノが……頑張ってくれたね。またミノ探しに行こうね」
「しゅ……!」
 モンスターボールに戻し、サミナは前を向く。ラルクは真っ直ぐ視線を返し、笑んだ。ミノムッチは倒れてしまったが、圧倒的な力の差による負けではなく読みによるギリギリの負けであることにサミナは満足感を抱いていた。ミノムッチ、あなたはまだまだ強くなれるよ。
 次のポケモンはロゼリア。毒のトゲを見せつけて、相手の直接攻撃……即ち不意討ちを牽制する。
「厄介だな。ソウルスピ、怪しい光」
 はい、来ました!
 サミナは鞄から黄色いビードロを取り出し、その場で吹く。ペコペコという音が、混乱しかけていたロゼリアを正気にさせた。
 おっ、と、ラルクが言うのをサミナは聞き逃さなかった。

 バトルが終わった時、最後の手持ち、カエンジシの体力は残り僅かであった。つまり、危機一髪ではあったがサミナの勝ちだ。
「ヒント。わかってくれたみたいだな」
 サミナに歩み寄り、ラルクが言った。
「ゴースト対策のビードロ! 黄色ビードロと青いビードロが灰少なめで助かりました。怪しい光も催眠術もゴーストタイプでは定番といいますから」
「さすが。この旅路で、君も成長しているのだろう。これもエーディア様の思し召し、ならば」
 そう言って、ラルクは挑戦者の勝利の証であるチャームをサミナに渡した。サミナが鞄のファスナー部にチャームをつけると、勝利を祝うようにチャームが光った。
「……ラルクさん」
 さきの言葉を聞いて、サミナは相談してみることにした。
「エーディア様の思し召し、っておっしゃいましたよね。実は今回、挑戦させていただいたのは……」

 デイジとの出会い、自身の出自がサクハ地方の「砂の民」であること、そして本土に来て、その弛みないエーディア信仰について思ったことを話すと、なるほどな、とラルクは言った。
「俺は間違ってないと思う。彼……デイジの考え」
「え?」
「エーディア様の神話を口伝してる俺が言うのもなんだが……否、口伝しているからこそか。支配や普遍宗教により消えた民族の伝承は数多ある。ここミタマだって、もっとずっと大昔には氏族ごとに集落があって、もっと多くの神々を信仰していた……のかもしれない」
 サミナは頷き、続きを促した。
「今の教義では、エーディア様は世界の全てを見渡し、世界の全てを愛してくださっている。しかし、神話は、エーディア様と神子、一柱と一人の物語から始まる。つまり元々はもっとローカルなものだったんだ。エーディア様と神子の力を広め、エーディア教を布教することは、ミタマ地方の勃興にあたって通らざるをえなかった道、ともとれるのだ」
 あるときは互いを認め合うために。
 あるときは支配者と被支配者の緊張を緩和するために。
「サクハ地方の四天王にキュラスという女の子がいる。彼女とは知り合いなのだが、彼女は嘗て南部のサクハに併合された北部サクハにルーツがあると話してくれた。しかし北部民も仕事を求めて南部に多くが移ってしまったから、嘗ての信仰の全容は掴めないのだと。彼女らにも、民族のルーツに繋がる神話がきっと存在したはずなのに」
「なるほど……」
「自民族の復興のため尽くすのか、より大きく統一的な信仰のもと生きてゆくのか。どちらも間違ってはいない。しかしどちらかの生き方を貶めてはならない。心は自由なのだから」
 ラルクがジムの扉を開けると、西日がラルクの瞳をも照らした。霊媒能力者である彼にはもともと何も隠し事はできないと感じていたが、どうやら彼が人の心の深きを知るのは、生まれもったその力のお陰だけではないらしい。
「……有難うございます。私もまた考えてみます」
「うん、応援してるよ」


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