ガリオンがジムリーダーを務める町、トリシティまではまた一山超える必要があり、この日サミナは野宿をしていた。カエンジシがいるお陰で洞窟はほどよい明るさと温度を保ち、野宿に不慣れなサミナもぐっすりと眠ることができた。
 そのため、ミノムッチの変化により驚いたともいえる。
「どっ……どうしたのミノムッチ!?」
 確かにラルクとのバトルでミノは減っていた。それに、一緒に探そうとも言った。しかしミノムッチには、こんなこと文字通り朝飯前……だったようだ。
「岩と砂? 咳き込まない?」
 サミナはミノの作りを危惧するが、ミノムッチはまるで平気だ。何と言ってもゴミでミノを作り過ごしてきたのだから、見た目よりは丈夫なポケモンなのかもしれない、とサミナは考える。
「ミノムッチ、進化したら同じものでミノを作るんだってね? どのミノが気に入った?」
 問うと、ミノムッチは悩む素振りを見せた。
 ひとつに決められない。
 それは今のサミナもそうだ。ラルクに言われて気持ちを整理したが、サクハ地方に行って砂の民のことを知るのもひとつの選択肢であると今は思える。そして、サミナがそんな考えを抱けたのは、きっと旅をして気持ちが自立したからだ。

 トリシティへは午前のうちに辿り着いた。これまでは花畑や火山を見てきたが、この街は木の上に家が建てられた、自然と共生する街だった。ちょうど目の前の人が手紙をかざすと、バッジをつけた鳥ポケモンがそれを受け取る。
「ほっ、ほんものだー」
 伝書ポケモン。地理の授業で習ったそのままの光景だ。
 それに見とれていると、ロゼリアが横飛びする。何事だと視界を眼前に移せば、そこには野生のゴローンがいた。
「わっびっくりした! マジカルリーフ!」
 ロゼリアがマジカルリーフを放つと、驚いたゴローンは茂みのほうへ去っていった。
「そこはポケモンの道。ひとの道はこっちさ」
 空から声が聞こえてきて、サミナは再び顔を上げた。薄紫色の髪を靡かせた、経験の深そうな男性……彼は確か。
「ガリオンさん!」
「私への挑戦だそうだな。話はコアから聞いている」
 トリシティ産の茶葉でお茶を淹れてもらい、ログハウスで一息。深く息を吸い込むと、お茶の香りと森の匂いでとても気分が落ち着いた。
「試合前の精神統一。落ち着いていただけたかな」
「……はい。ということは、バトルしてくださるということですね」

 ガリオンはジムリーダーであるとともに、Sランクのポケモンソムリエであるという。生半可な気持ちで挑んで、突破できる相手ではないだろう。
 森の空気を吸って気合の入ったロゼリアが先発。ガリオンはというと、ミタマ地方でのみ見られるイーブイの進化系、飛行タイプのウィングルだった。
 そうだ、ここは飛行タイプのジム。鳥ポケモンは友達とまで言う彼だ。相手の動きには気をつけないと。
「ロゼリア、宿り木の種!」
「ロリッ」
 相手に種を植え付け、すぐカエンジシに交代。しかしウィングルの攻撃も等倍で受けられるとはいえ、カエンジシにはなかなか痛手だ。
 変化技で交代するロゼリア、メインで攻撃するカエンジシ、そして「守る」で相手の出足をうかがうミノムッチ。ポケモンごとに役割をきっちり決める戦略はサミナには不得意だったが、この旅で学んだこともある。

 少し花がしぼんでしまったようで、ロゼリアは不服そうな表情をしていた。
「まああれだけ痺れ粉や宿り木の種を振りまいていたらなぁ……でもおめでとう、君たちの勝ちだ」
「やったよ! お疲れ様、ロゼリア」
 何度も交代し、変化技をぶつけていたロゼリアもへろへろだ。洞窟で取った水も気に入ってくれたようで、飲むと両手の花も瑞々しさを取り戻した。
 チャームを渡し、ガリオンはサミナに訊ねる。
「この後はどうするんだ」
「一度ヘキサシティに帰ります。……それから」
 それから。デイジに再び会い、話をつける。でも、何を話そうか?
「旅で感じたことをそのまま話せばいい」
 サミナの気持ちを察したのか、ガリオンは諭すように言った。
「今までに考え方が変わったかもしれない。むしろこれから何かが変わるのかもしれない。それは恥ずかしいことではなかった。それは嘗てのアスナ様も同じだったのだから」
「アスナ様?」
アスナといえば、ミタマ地方のチャンピオンにしてエーディアの神子。彼女の革新的な政策により、鎖国状態にあったミタマに市場経済がもたらされ、それに影響を受けたコアが人工島、ヘキサシティを造った。つまり遠い人に思えるが、実はサミナの今の生活は彼女の足跡によってあるようなものだ。
「アスナ様は、人間は醜く非力な生き物だと思っていたんだが……カロス地方に行って、様々なものを見て、考えを変えたのだろう。保守的なミタマの象徴ともとれる神子に生まれた彼女が、自らの考えを変えたこと。それを助けたのは……ほんの少しの勇気だ」
「ほんの少しの勇気……ラーディ様が勇気を司るポケモンでしたね」
 サミナは学校で習ったエーディア神話を思い出して言った。ミタマ地方の伝説のポケモンは、まず何よりエーディア。そして、エーディアの羽、涙、爪から生まれたとされる、友愛ポケモンのユーリア。知性ポケモンのエグニマ。そして、勇気ポケモンのラーディ。
「そうだな。信仰の本質も、ある意味そこにある。嘗てのアスナ様の考え方も、間違っていたわけではない。「人間とは不完全だ」、こう言い換えると受け入れやすい」
 確かに、とサミナは相槌をうった。
「人間は不完全だ。不完全だからこそ、友愛や知性、そして勇気を尊きものとし、不完全な人間同士、そして人とポケモンも、協力しあって生きていこうというのが宗教の存在価値ではないかな」
 ああ、と、サミナはこれまでの旅路を思い出す。
 法の下の平等が実現した社会ではあるが、ここミタマ地方では、それよりずっと前から「エーディア様の下の平等」が、きっと存在していたのだ。信仰から生まれる助け合いの心。かつての離散でこの地方に辿り着いた曽祖父母も、きっとそんなミタマの民の素朴な心に救われたのだろう。
 世代を超えて、サミナは今、多くの優しさに触れられている。
「ガリオンさん、有難うございます。私も……全部できるかはわからないけど、しっかりやっていきます」
「その意気だよ。ムクホーク、彼女をヘキサシティまで送ってくれるかい」
「ビィ!」
「有難うムクホーク。よろしくね」
 広場に出てムクホークに飛び乗り、小さくなってゆくツリーハウスを見ながら、サミナは柄にもなくお祈りをしていた。
 エーディア様、ユーリア様、エグニマ様、ラーディ様。どうか、私を見守ってください。私自身で正しい道を選べるように、と。

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