朧月夜、波の音、ホエルオーの歌声。
 遠ざかる大地に向けて私は誓いを立てた。

 私に流れる血に屈辱を与えたこの土地に。
 そして私自身に限りない孤独を与えた連中に。

 誰よりも強くなろう。世界一強く。

 そしてこの地へ帰り、目を剥く連中に名乗りあげるのだ。誇り高い血筋と共に。

 一睡もせずに水平線を見つめる私の中に燃えていたのは、自己満足の復讐心。
 馬鹿馬鹿しいことこの上ない、けれど折れない魂。

 朧月夜、波の音、ホエルオーの歌声。
 この日の事を 忘れはしない。

 流砂の放浪

 ホウエン地方。
 故郷と少し似た気候の、豊かな自然が残るこの地方で、まず私は強くなろうと思った。
 トレーナーとしては駆け出しだったが、自衛のためにエアームドはずっと鍛えていたし、その経験はバトルでも役に立った。
 だが、さらなる強さを手にするには、手持ちポケモンはエアームドだけでは足りない。
 そんな時――あのポケモンを、ある町で見つけた。

「そのジグザグマ、いただけますか」
「え、お嬢さんが?」
「金ならある!」
 私は、じろじろと見下してくる店主に、金の入った巾着袋を見せた。
「でもねぇお嬢さん、こういう血統書付のポケモンは」
「時間がないんだ」
 私は彼をきっと睨みつける。店主はややのけぞりつつも、私の手から巾着袋を受け取った。

 血統書付のジグザグマ。どうやら、普通のジグザグマでは覚えられない技を習得できるとかいって、高く売られていたらしい。
 だが、エアームドと組ませても、野生のポケモンを何匹倒しても、どうも互いのフットワークが掴めなかった。
「ここはこう踏み込んだほうが、すきがなくなっていいと何度も言った。どうしてわからないんだ」
「バウゥ……」
「何度も言わせるな」
 そんな会話が何日も続いたが、ジグザグマは一向に強くはならなかった。
 何度も自分に言い聞かせる。私には時間がない。できる限り短時間で、この世の強い奴に全員勝つ。
 そのためには、強いポケモンが必要だ。弱いポケモンにかける金も時間もない。
 ゆえに、このジグザグマは――必要ない。

 そう思ってすぐ、私は草地へ行き、ジグザグマをボールから出した。
「行きな。野生に帰れ」
 そう言って私はきびすを返す。だが、ジグザグマはしつこく私の後ろについてきた。
 理由はすぐにわかった。こいつは血統書付だから、野生の世界で暮らしたことがないのだ。でも他に、どうしようもない。
「行けって言ってんだろ」
 こういう時に情けなどいらない。私はジグザグマの腹を思いっきり蹴っ飛ばしてやった。
 その時だった。
「ちょっと、あんた何やっとんねん!」
 私は声のするほうに目を向ける。
 明るい茶色の短髪がはねた、スポーティな見た目の小娘だった。
「あー大丈夫? ジグザグマやんなぁ。えーとお腹に効く薬……」
 彼女がジグザグマの看病を始めたので、私はその場から去ろうとした。するとまた、呼び止められる。
「あんた、ポケモンをなんやと思うとんねん!」
「私はただ逃がしたかっただけよ。その子、なっかなか芽が出ないものでね」
「逃がすのは自由やけど、ひどいっ……ひどい! いくで、こる!」
 彼女が「こる」と呼んだポケモンは、キノガッサだった。
「あら、やるの? いってきなさい、エアームド」

 あれだけ突っかかっておきながら、全く手ごたえがなかった。口だけのトレーナーほどにみっともないものはない。
 彼女は、私に負けると、黙ってその場を去った。ジグザグマがどうなったかは見ていない。彼女に治療でもされたんじゃないだろうか。
 とにかく、今日も勝ち戦だけ。二匹目の手持ちは、また別の時に考えることにした。


 冒頭の文章は、草菜さん作のSS『離郷。』ほぼそのままです。
 131010 ⇒NEXT