次は負けない、彼女はそう言った。
あれから何度も彼女に会い、バトルをした。結果は全勝。知るつもりもなかったのに、彼女の名前がアオイということまで覚えてしまった。
他のトレーナーとも戦った。私はこの世の強い奴全員に勝つつもりであるから、取るに足らない、という感想を抱いた試合も多い。
エアームドも強くなったが、とにかく時間がない。
時間がないのに。
「……引き分け」
「そうみたいやな、うちもやるようになったやろ?」
そのアオイとかいう小娘が、はじめて私のポケモンを全員引きずり出し、瀕死にさせた。
「まだ終わらへんで、うちあんたのこと大っ嫌いやから、いつか勝つつもりやし」
「……そうはさせない」
口ではそう言ったが、その時の彼女とポケモンは急に強く見えた。だから背筋を伸ばして、思いっきり見下ろしてやる。
「そうはさせへん」
同じような言葉を吐いて、彼女はポケモンセンターまで走って行った。
それからしばらく、アオイを見かけることはなかった。
ホウエン地方で強いと言われるトレーナーに一通り勝ち、私は次なる旅路をシンオウ地方に決めた。
砂漠があり、温帯の中でも気温が高めのホウエン地方とは異なり、出現ポケモンも、自然も、サクハ地方との相関を持たない。それが選んだ理由のひとつでもあった。
シンジ湖と呼ばれる場所に行ったのは、シンオウを一周してからだった。
狂ったように晴れた日だった。未確認生物とも云われる伝説のポケモンがいる、澄んだ湖だと聞いた。長い尾を持ち、元気に飛び回るせいですぐに行方をくらますポケモンだという。そこから故郷に住む、まだ見ぬ伝説のポケモンを思い描いた。特徴が似ていたのだ。
しかし、湖に辿りつくには、強いトレーナーのもとを通り過ぎねばならなかった。そういう噂を聞いたのだ。
だが、まさかそのトレーナーがまさか彼女だとは、たとい勘の良いツキでも想像はつかなかっただろう。
「あいつは!」
先に気が付いたのは向こうだった。
「トリカ……」
「……驚いた。アオイだったのか」
私がつかつかとそちらへ向かうと、アオイの前に立ちふさがるポケモンがいた。
「ネス」
ネス、と彼女が呼んだのは、マッスグマだった。いつか私が捨てたジグザグマから進化したポケモンだ。
「進化したのか」
「ネス頑張ってんで。みんなも一緒に努力した」
そうなれば、決まりだ。彼女はマッスグマを使う、それならば。
「私はエアームドを使おうと思う。相性はそっちが不利になるが」
「そんなもん、かまへんわ」
なぁ、とマッスグマに話しかける。マッスグマは同意するように頷いた。
「“砂嵐”!」
先手を取ったのはエアームドだ。湖畔の林はたちまち砂にまみれる。湖が濁ろうが、もはや知った話ではない。
「ネス、ひるんだらあかん! “恩返し”」
吹きすさぶ嵐の中でも、マッスグマは前を見据え走った。初めて会った時よりも随分と伸びた、彼女の茶髪がなびく。
マッスグマの技がヒットした。互いに地面に倒れる。立ち上がるその間にも、マッスグマは砂嵐のダメージを受け、たまらず目をつむる。
「頑張れ、ネス!」
アオイが言うと、彼女の周りで観戦しているポケモンたちもマッスグマを励ます。キノガッサにペリッパー、と、私も見たことがあるやつらが最前列だ。
二匹とも立ち上がる。“恩返し”の威力が高かったのか、エアームドも足がふらつく。
「“鋼の翼”」
エアームドはその硬質な翼を光らせ、マッスグマを捕らえようと飛ぶ。砂嵐から垣間見えるその翼が眩しかった。
しかし、その翼を見ている間に、鈍い音が響いた。
「え」
「……“神速”。これで先手取れる」
マッスグマは、目にもとまらぬスピードで、エアームドに体当たりしていたのだ。エアームドはその場に倒れ、砂嵐はおさまり、草地に砂が降りる。
「そんな……」
思わずそんな言葉がこぼれた。
あのジグザグマが高価だったのには、こんな理由があったのだ。普通、マッスグマは“神速”を習得できない。
マッスグマがネスと名付けられ、彼女と共にいるうちに、習得できたのだ。高威力の“恩返し”とともに。
マッスグマはアオイに向かう。アオイはしゃがんで両手を広げ、マッスグマを迎え入れた。その様子を見て他のポケモンたちも喜ぶ。
「似合いのいい主人を見つけたじゃないか、どの道お前は私のスタイルとは合わないから使う事は無かっただろうしな」
エアームドをボールに戻し、そう言ってやると、アオイはきっと私を睨みつけた。
「何偉そうに! ネスはあんたなんかこっちから願い下げやって!」
アオイが私を睨む。マッスグマも睨む。それだけでは怯まないのに、湖に放し飼いにされていたらしい他のポケモンまで出てきて、やがて視線が私一点に注がれる。
ポケモンたちが一斉に鳴き出す。
威嚇するように。
馬鹿にしたように。
嘲るように。
結局、もうひとつの目的も忘れ、私はきびすを返す。
ポケモンたちの鳴き声と、強すぎる陽光が、ずっと私を追いかけてきた。
よく考えれば全てが正反対だった。
茶髪にくりくりした茶色の目、ポケモンとすぐ仲良くなれる、年相応の愛らしい仕草。そして何より、太陽に似た眩いほどの光をたたえている。
ああ、憎らしい。考えれば考えるほど憎らしい。
私はエアームドの入ったボールを強く握った。壊れはしないが、みし、と音がなる。復讐しなければ、腹の虫がおさまらない。
気づけば私は、ツキがくれた世界地図を開いていた。旅立った時から持っているものだから、もうおんぼろだ。
目に留まったのは、ここよりずっと東にあるイッシュ地方だ。世界でも五本の指に入る大都会、ヒウンシティと、その北に……砂漠がある。
それを確認して、地図をたたむ。時間がないのはいつだって同じなのだ。
131010
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