イッシュの町独特の気取った感じが全く漂わない、というかむしろどんよりしている。同地方南西部の町タチワキに来た時、私が抱いた印象はおおよそこんなものであった。
 地方巡りの途中入った洞窟でテッシードを捕まえ、小さかったユニランも進化して、ダブランになった。ボックスに預けているポケモンを含めれば、これで六匹、長かったメンバー集めも終わった。後はこの二匹を育てるだけ――、と、町にトレーナーがいないか見回したその時だった。
「ペ、ペンドラー人間……?」
 思わず口に出して言ってしまい、通りの向かい側を歩いている「ペンドラー人間」は、こちらを向いて、目をぱちくりさせた。
「あ、わかる? 私、相棒がペンドラーで」
 彼女は通りを渡って、ポケモンを出した。予想に反することなく、ポケモンはペンドラーだった。
「お姉さんはエアームドっぽいね」
 言われて、驚いた。そのような感想を述べられたのは初めてだったのだ。
「確かにエアームドは持っているが」
「え、ファッション意識してるんじゃないんだ」
「……ところで、ペンドラー、よく育てられているようだが。トレーナーか?」
「うん、トリカっていうの」
 そう言われた時は、さきほどの驚きを超える衝撃があった。こんな異国に、自分と似た発音の名前をしたトレーナーがいるとは思わなかったのだ。
「……どうしたの?」
「いや、私もトリカといって」
「へー、すっごい偶然! ねえ、私のことトレーナーかどうか訊いたってことは、トリカもトレーナーなんだよね? ここはひとつ……」
「ああ、バトルだな」

 町はずれにて、同じ名前の女の子と対峙する。三つのモンスターボールを掌に乗せ眺めていると、ペンドラーの後ろに立つ彼女が叫んできた。
「そこはエアームドでしょ! ペンドラー女子とエアームド女子のバトルなんだから」
「いいのか? 相性はかなり不利だぞ」
「わかってるよ。でも、相性で選んでたら毒ポケモンなんか好きにならないよ」
 トリカが言うと、えへん、とペンドラーも動いた。そうか、こいつもエキスパートか。私は砂嵐を起こしてバトルを有利に進めるパーティ編成をしているが、彼女は毒タイプのポケモンを極めているのだろう。
「それじゃあ……エアームド!」
 エアームドを出すと、彼女は早速技の指示に入った。
「まずはこれ、“剣の舞”」
 先手はあちらだ。攻撃力をぐぐっと上げ、不利な相性を中和するつもりなのだろう。
「……“はがねのつばさ”」
 ならば攻撃はこちらから、と、指示してすぐエアームドは翼を広げた。ペンドラーの硬い身体にヒットし、大きな音が響く。
「じゃあこっちもいくよ。突っ込め、“メガホーン”!」
 ペンドラーは、間髪入れず、文字通りエアームドに突っ込んだ。体力と防御を中心に鍛えたエアームドが、ぐうと唸る。
「なかなかの防御ね」
「そちらも。高い攻撃力じゃないか」
 エアームドは一瞬もたついたが、すぐに態勢を整える。一度回復したほうが良いか、と思い、回復技の“羽休め”を指示した。
 その時だった。
「きた! “地震”!」
 エアームドの足が地に着くタイミングを見計らって、ペンドラーは技を放った。
「やばい……!」
「いっくよー!」
 辺りが揺れ出す。はじめに“剣の舞”をしているだけあって、驚異的な攻撃力だ。
 負けか、と一瞬そんな思いが過ったが、目の前で技に耐えるエアームドを見て、一つのことを思い出す。
 勝機はまだある。
 ではどうすれば良いか、という話だが、私自身ではどうすることもできない。敢えてできることがあるとすれば、積年のパートナーを「信じる」……それだけだ。
「エアームド! 聞こえるか、“ドリルくちばし”だ!」

 砂埃が去った後、結果を見せつけられた。
「……なんで!?」
 その場に倒れているのは、エアームドだけではない。ペンドラーも横になって、目を回していた。
「“羽休め”で全回復できていたみたいだ。こいつの特性は“頑丈”だから、一撃必殺は効かない。だから、わずか残った体力で“ドリルくちばし”を放った……でも、こいつももう戦闘不能だ」
「そっかー、悔しいなあ。でも、不利な相手によくやったよ、ペンドラー」
 トリカがそう声をかけると、ぽつ、ぽつ、と雫が降ってきた。それはすぐどしゃぶりの雨となる。
「わー、雨だ! って、トリカ傘持ってないの? 急げー」
 トリカに促されるままに、私はエアームドをボールに戻し、市街地へと急いだ。

 こんなに降るのか、と未だ降りしきる雨を眺めながら言うと、大抵はにわか雨なんだけど、と、ペンドラーの触角のように尖っていた髪を少ししんなりさせたトリカが返事した。
「このへんは特に雨が多いんだよね。あー、あんまり降るとゆううつになるな、雨って」
 トリカは言ったが、私には雨が降るとゆううつになる、その感覚が理解できなかった。砂の民にとって、雨とは恵みであり、活力だ。クオン遺跡では一年に一度しか降らない、大切なものだ。
「同じ名前の人が、同じぐらい強いって嬉しいな。さっきのバトル、お互いピンチをチャンスにしたもんね」
 をう言われて、さきのバトルを思い起こす。羽休めからの地震、頑丈で耐えてのドリルくちばし。確かに、互いにピンチをチャンスにしている。
 同時に、ポケモンを……エアームドを信じてしまったことも思い出す。
「あ、止んだ止んだ。トリカさん、旅のトレーナーでしょ? もしまたどこかで会うことがあれば、バトルしてほしいな。っていうかするよね?」
「……ああ」
 トレーナーとこんな会話を交わすなんてめったにないことだが、私はトリカに乗せられるまま、彼女の言葉を肯定してしまった。
「自慢の毒タイプポケモン、他にもいるんだろう? 次の機会に見せてくれ。それじゃ」
「うん。またね!」

 不思議な出会いもあるものだ、と、高台からタチワキの町を見下ろして思う。芯の通ったトレーナーだった。きっとバトルが好きで、ポケモンたちが好きなのだろう。
 ふと、エアームドが入ったボールを見て思う。私はバトルが好きなのだろうか、ポケモンたちが好きなのだろうか、と。


 粉さん宅トリカちゃんお借りしました。ようやく形に出来た同名キャラ萌え。

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