集中しろ、と、ダブランとテッシードに言う。
 砂嵐でも動けるパーティを想定しているから、特訓場所は四番道路しかない。しかし、郊外住宅の開発を控え地質調査が始まっているから、轟音が響いている。
「音に惑わされるな! エアームドとの力量差はまだまだ大きい」
 エアームドは砂嵐の動きを読み、“はがねのつばさ”を軌道に乗せる。ほら、反応してみろ、と言うと、ダブランはすぐさま“リフレクター”を張り、テッシードは“鉄壁”で防御を固めた。
 今までよりかは耐えている。エアームドを呼び戻すと、二匹はほっとしたようにため息をついた。
「気を抜く暇なんかない。音に呑まれる」
 そう言うと、またエアームドは飛び立つ。
「“サイコキネシス”に“ジャイロボール”で迎え撃て」
 二匹は慎重な面持ちになる。ノイズの向こう側の、砂嵐の動きを読もうとしているのだ。
 結果、二匹同時攻撃となる。
 各々の威力はまずまずだが、同時に技をくらったエアームドの身体は砂嵐によって吹き飛ばされた。エアームドは慣れているのか、弧を描くように飛んで私のもとへ戻ってきた。
 そして、ダブランとテッシードの身体を光が包む。
 来たのだ、進化の時が。
 もともとエアームド一匹しか持っていなかった私は、ポケモンの進化に関する知識なんてほぼ皆無であった。それでも、進化レベルがやや高めの二匹を短時間で育て上げる技量は身に着けたつもりだ。
「……これでパーティ完成か」
 呟くと同時に、工事の音が消えていたことに気が付いた。じきに陽も沈む。もうこの土地に用はないから、これがここでの最後の夜になるだろう。

 そんな夜に知り合いに遭遇してしまうと、嫌でもシンジ湖の出来事を思い出してしまうわけだが、出会った彼女は私にとっての脅威ではなかった。
 ただ、見た目が気になるわけで。
「……あの」
 久しぶりに出会ったアルビノの彼女は、相変わらず私に怯えていた。
「私の顔に何かついてますか……?」
「その不愉快な髪と目のことか?」
 どう考えても、怯える原因は私にあるのだが。だから、嫌いではないが、と付け足す。
 なにせ、自分に似た色だ。そして、ツキやデイジの色だ。嫌いだと言いきれるわけもない。
 辺りはひっそりとしていた。都市に挟まれたこの土地も、夜は暗く冷たい。明日にはまた工事も再開するのだろう。
「住処が、無くなりますね」
 ふと、彼女が言った。私が、工事のための人工的なフェンスを見ていたことに気付いたのだろう。
「元々そこまで多くのポケモンがいるわけでもないと思うが」
 地方全体で考えれば、微々たる存在。だからこの地を宅地開発に選んだのだ、と思っている。いつの間にかこの土地のポケモンと自分たち“砂の民”を重ねて考えていて、そんな自分に嫌気が差した。
「確かにそうですが、砂漠だって必要ですよね。ポケモンもだし、植物も」
 それから、文化を守って生きている人間にとっても。
 痛い目に逢うのは、いつだってどこでだって少数派だ。
 だけど。
 私は昼間の特訓を思い出す。砂嵐の流れを教え込む、これは私、そしてエアームドにしかできないと思う。ずっと砂漠で生きてきたから。
 それなら、これからも砂漠で生きる術だってあるのではないか。
(……わからないな)
 大きくため息をついた。世界各地を廻って、完成したのは砂嵐を前提とするパーティ。これを「答え」と受け入れるべきなのか、私は未だに迷っている。
「この前は悪かったな」
「今日もなかなかひどかったのに、前のことを謝るんですね」
 ああ、もう。
 考えれば考えるほど相容れない存在だが、考えれば考えるほど同類だ。多様性がまとまって一種類、この地方と同じか。
「また、色違いのポケモンを探すんだろう」
 それが別れの言葉とわかったようで、彼女は、はい、とだけ言って歩もうとした。少し離れたところで、私は思わず引き止めてしまう。
「待て。名前を、聞いておこうと。私はトリカ、クオン遺跡のトリカだ」
「トリカさん、ですか。私はチトセ」
「チトセ。……いい名だな」
 長い長い時を、歴史を、思い起こさせる名前だ。そう言えば、彼女――チトセは、私にはじめて笑顔を見せた。

 満月の夜だった。月光がエアームドの強い翼を照らす。こんな光景は久しぶりだ。
「……ギルティ」
 だから、思わず名を呼んでしまった。
 遺跡の他のエアームドと区別するための名だったが、ひどい名前をつけてしまったものだと思う。
「シャア」
 それでもエアームドは返事をした。


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