Slide Show - 古今東西


 三日月が淡く輝く夜、カグロは、一つのクリアファイルを手に取った。
 まだ誰にも見せていない、海底遺跡に関する資料が、その中で眠っていた。
 王や建国伝説に関する記述と、読むことができなかった四つの文字。あれから文字の解釈を自力でしようとしてきたが、結局意味は取れなかった。

「なーなーカグローバトルのことで……ん?」
 よく知った声の主がカグロの持つ紙を見た時、カグロはすぐさまそれをファイルにしまった。
「ステラ……いつ入ってきた」
「ついさっき。ノックもしたぞ。んで、それなに?」
 ステラはクリアファイルを指して言った。
「お前には嘘を言っても無駄だろうな……イッシュ地方の海底にある遺跡についてのメモだ」
「へー! なんか昔のこと思い出すな」
 ステラはものほしそうな目でカグロを見つめる。仕方なしに、カグロはファイルを渡した。
「読んだらすぐ返せ。あと、これについては口外無用」
 また誰かが入ってくる可能性も否めないと思い、カグロは部屋の鍵をかけた。
 ステラは記述をじっくりと読む。速さはないが、丁寧に読み進めていった。
「イッシュの王様って、すっげーやつなのな」
「ああ……だが、最後の記述はわからない」
「んー、オイラもここは全然わかんねぇな。この記号とか、ポカブみたいじゃねぇ?」
 ステラは四つの文字のうち一つを指し、ぷぷぷと笑った。
「さすがに偉大なる王がポカブってことはないんじゃないか……」
「だなー。進化したらエンブ「オー」にはなるけどな!」
 ステラが一人笑う中、カグロはステラの手からファイルを取り上げた。
「あー」
「もういいだろ」
「まあ、うん。全部読んだ。……で、それを踏まえて質問」
「なんだ」
「この四文字以外は、カグロも読めたってことだよな。なんで?」
 カグロは黙考した。理由といえばただ一つなのだが、それについて思い出すことは避けていたからだ。
 答えるかわりに、カグロもまた、ステラに疑問を投げかけた。
「なあお前、五感が強くなったーとか言ったじゃん。俺の思考とか読めんの?」
「えーカグロの考えとか全っ然わかんねぇよー。お前宇宙人みたいだもん」
 カグロはステラを睨む。冗談だよ、とステラは付け足し、カグロの視線をかわした。
「で、……なんで読めたの」
 ステラはまた硬い表情に戻る。思考が読めようが読めまいが、この人間には全てを話すべきだと思わせられる。
「……昔、暗号として教えてもらったんだ」
「誰に?」
「……いとこ」
「いとこ? じゃあ連絡とろうと思ったらすぐとれるんじゃねーの? 残り四文字もわかったりして」
「それはそうなんだが」
 カグロは額に手をあて、ため息を漏らした。
「俺はあの人が苦手だ」
「は」
 ステラはカグロを指し、げらげら笑い出した。
「カグロにも苦手な人っていんのかー!」
「俺にとっちゃ、お前もどっちかってーと苦手だ」
「えー、ひでー。んじゃ会いに行こうぜ、その人に! なんかヒントがもらえるかもしんねーしよー。どこに住んでんの?」
「だからお前には言いたくなかったんだ……」

 結局、カグロはステラに押され、ロダンに外出許可を申し出た。
「ナズワタリ地方に行きたいのですが」
「ん? いいよー。ついでにナズワタリのポケモン十匹ぐらい捕まえてきて育てるんならワタシはなにも言わない」
 ロダンの返事はあまりにもあっさりしたものだった。
「ついで、っていうか、それ条件ですよね」
「そっ。ブレーン修行の一環として、ね」
「やったなカグロ!」
 カグロの隣にいたステラが言った。果たしてこれは「やった」のか、とカグロはだんまりを決め込んだが、文字の解読についてはいくらか希望が持てていた。
「んじゃワールドマップ出して。ナズワタリっていったらここ……ガルーダシティが中心都市。一応サクハ北西部から汽車が出てる。ナズワタリには空港がないから、汽車に乗ってくのが一番の近道。あとはガルーダでタウンマップを買えば大丈夫」
「なるほど、ロダンさん、ありがとうございます! 明日にでも行こうぜ」
「ああ……」

 ロダンからその話を聞いたブレーン、カシスは不平を言った。
「オーナー。甘すぎやしませんか」
「だってワタシの修行きつかったでしょ?」
 ひょうひょうとした態度を崩さず、ロダンは返した。
「まぁそうだけどねー」
 一緒に聞いていたイロハも言った。ロダンは視線を横に逸らし、口を尖らせる。
「若い子って、いろいろ難しいんだもん。ちょっと強いだけで思い上がって、基礎を怠ったり、施設のオーナーの言うことを聞かなかったりするなんて論外。若い子たち集めたつもりだったのに、最後まで残ったのって、年上だったキミら二人だけでしょ」
「まぁ、そうですね。他の四人はどこか芯の弱いところがあった」
 カシスは過去を思う。二人は厳しい修行についていけず離脱し、一人は自分がオーナーになると言って離脱し、最後までいた一人も修行を怠ったことをロダンに叱られ、離脱した。離脱といえば少々響きが良くなるが、結局は挫折だ。修行内容が易しかったとはいえ、六人全員が残った研修生たちは、上の六人よりオーナーの言うことをよく聞くし、なにより結束が強かった。研修生たちは、姿を消す先輩たちを見て、どう思っていたのだろうか。
「カシス、わかってるじゃないか。だから、少数スカウト、少数育成はやめた。何人ものトレーナーに目星をつけて、ここで戦わせた。それを勝ち抜いてきてんだから、あの四人より強いはずだよ」
「なるほどねー。新入り三人、やめなかったらいいのにね」
「カグロは精神が安定してるし、ステラやエデルからはなにやら使命感みたいなものも感じる。こちらがするべきことさえ指示していけば、長い間いてくれるさ」
「そうかなー? まあオーナーが言うなら、そうなのかもね。あたしあの三人結構気に入ってるし、いてくれるといいなぁ」
「オーナーがそれでいいと言うなら、おれからはなにも言うことはありません。で、残り一人は……」
「あっ、ホールウェイね。ここのチャンピオンにダメもとで連絡とってみたんだけど、かなりの人材を引き抜けそうだよ」
「かなりの人材……?」
「うん。現四天王のノーラ。知ってるでしょ」

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