Slide Show - 処女航海


 ニアとバンジローが辿りついたタンインシティは、それほど大きな町でもなかった。切り立つ崖を背にして、低地に市街地が広がっている。
「で、この町! ジムリーダーいるんだよね」
 二人はジムを探す。ジムの建物というのはどの地方もあまり変わりがない。バトルフィールドを設けて建てようとすれば、おのずと大きさが決まってくるからだ。二人も、ジム探しには苦労しなかった。

 タンインシティジムリーダー ルチ
 ふんわり ぼさつ ナース

 その看板を読み、ニアはバンジローのほうを向く。
「菩薩……って、バンジローみたいな?」
 そう言って、バンジローのきれいに刈られた頭を撫でる。
「違うだろ、男子とか女子とか、何歳かとかそういうのを超えた顔立ちとか体つきの人のことを言うんだろ」
「へー。バンジローがそういうの詳しいなんて意外」
 ニアはジムの扉に向き直る。扉を握り、たのもー、と威勢よくジムに入ろうとしたら、ジムには鍵がかかっており、勢い余ったニアは後ろに転んでしまった。
「大げさな」
「うるさい、ちょっとはレディの心配しなさい」
「お前はレディかどうか微妙なところだけどな」
「なんだとー」
 ニアが起き上がった時、二人の背後から声がした。
「あら、挑戦者さんかしら?」
 二人は振り返る。女性と男性の二人組。二人に声をかけた女性は、白い髪に清潔そうな桃色のナースウェア、そこから伸びるスリムな脚に穏やかな顔立ち。彼女こそがジムリーダー、菩薩ナースのルチだと、二人はすぐさま知覚した。
「はい、僕はバンジローと申します。こちらはニア。僕ら二人、ジムリーダーとバトルをしていただきたく」
「そう。私がここのジムリーダー、ルチです。今日は午前診で、朝からジムを離れていて」
「僕はシンエ、タンインのジムトレーナーを務めてる。君たち、待ったかい?」
 シンエと名乗った男性は、濃い色をした短髪に白衣といういでたちだった。
「タンインシティに着いたのはお昼なので大丈夫です」
「っていうか今来たとこだし!」
 ニアが笑うと、ルチも、ふ、と笑う。
「あ、そうだ。僕たち、夕方には帰らないといけないんですけど、二人分の挑戦、受けていただけますか?」
「そうねぇ、一度バトルすればポケモンの体力を回復させなくちゃいけないから……マルチバトルなんていかが? シンエも混ざって、ね」
 ルチが言うと、シンエはきょとんとしたが、子供たちは乗り気だった。
「マルチバトル! じゃあみんな一匹ずつ出してバトルするってこと?」
「そのとおりよ」
「へー、さすがジムリーダー! じゃあバトル、お願いします!」
 ルチとシンエに案内され、挑戦者二人はコーナーに立つ。
「……あ、そうだ。ルチさんは、得意とするタイプってありますか?」
 バンジローが問うと、ルチは、モンスターボールを愛しそうに両手で握って言った。
「……毒、ですね」
「毒! 全然みえなーい!」
 ニアの驚いた声はジム中に響いた。
「ミニバトルだから、使用ポケモンは一体ずつ。……どうぞよろしく、お願いしますね?」
 その妖艶な微笑みで見据えられ、二人は黙って唾を呑んだ。

「久しぶりの出番だよサニーゴ!」
「ノクタス、頼むぞ」
 ニアとバンジローの二人は、相談したうえでこの二匹を出した。相性がとくに良いわけでないが、どうせならトゲっぽいポケモンを出そうというニアの提案をバンジローが渋々承諾した結果であった。
「いきますよ、クロバット」
「頑張るよ、コンパン」
 対し敵陣はこの二匹。クロバットは飛行、コンパンは虫との複合タイプである。
 やっぱこれ不利じゃねえの、とバンジローは独りごちたが、ニアは特に気にする様子もなかった。
「クロバット、まずは“どくどく”」
 先攻はクロバットだった。クロバットは、すでにこの戦法に手馴れているようで、無駄のない動きでサニーゴを狙う。
「“ロックブラスト”で防御して!」
 攻撃技を防御に利用する、というのはいかにもニアらしい選択だ。
 ぶちまけられた毒の塊は、全て岩に持って行かれた。
「それじゃあコンパンは、“眠り粉”」
「コンパーン!」
「……やばいっ、伏せろ!」
 バンジローは焦って指示したが、ノクタスはすやすや寝息を立てて眠ってしまった。攻撃がきてもかばえるように、サニーゴはノクタスの前に立つ。
「コンパンの特性は、技が当たりやすくなる“複眼”。伏せた程度で避けられません」
 涼しい顔で言ったのはルチだった。
「ではこちらも攻撃といきましょうか。クロバット、“エアスラッシュ”」
 クロバットはとにかく速い。“エアスラッシュ”は、受ければ怯むことも覚悟しなければならない技だったが、ニアは一言、受けきる、と言った。
 どうせ彼女のことだ、受けきるという言葉の裏になにか作戦があるのだろう、とバンジローは思う。サニーゴは攻撃がくると、一歩後ろに下がった。
「もう一度“ロックブラスト”!」
 一歩後ろに下がることで相手の攻撃のタイミングをずらし、そこから反撃に入る。当たりにくい技だったが、岩は全てクロバットに当たった。
「やった」
「やりますね」
 ノクタスが起きるまでは無傷で守りきらねばならない。ニアはごくりと唾を呑んだ。
 シンエの次の指示は“ヘドロばくだん”だった。これにもサニーゴが前に立つ。しかし、次は攻撃はできない。
「よしサニーゴ、ノクタスを蹴って!」
「は?」
「サニッ」
 バンジローが呆気にとられつつも、サニーゴは、蹴るというより角でノクタスの顔を持ち上げた。するとノクタスが目を覚ます。
「よっしゃ、やっぱこの姿勢つらいよねぇ」
 ニアは昔のことを思い出していたのだ。どうしても起きない時、母はニアの首だけを持ち上げていた。
 しかし、コンパンの攻撃は、防御する間もなく二匹に襲いかかる。とくにノクタスにとっては効果抜群の技であり、起きて早々辛そうな表情を見せた。
「僕のノクタスは……逆境にこそ強いんだ!」
 ノクタスは、その長い腕でコンパンをとらえ、思いっきり殴った。
「“リベンジ”か」
「うん。得意技」
 フィールドに落ちたコンパンは、目を回していた。戦闘不能だ。
「まず一匹。でも、あのクロバットが手ごわいな」
 シンエはコンパンを慈しむように毛並みを整え、ボールに戻す。その場から一歩引き、バトルを見守る立場となった。
「“熱風”」
 やばい、とバンジローはすぐに思った。“熱風”は、相手二匹に同時攻撃できる技だ。つまり、二匹対一匹でも、必ずしもこちらが有利になれたわけでない、ということだ。
 効果抜群の技を連続でくらったノクタスはたまらない。両手で守るも防ぎきれず、戦闘不能になってしまった。
「ノクタス……」
「サニーゴはまだまだいけるよー!」
 熱風の中では、倒れたノクタスを抱きかかえることもできない。命運はサニーゴに託された。しかし、サニーゴも少しずつ押される。サニーゴは炎技は平気でも、その温度は好きではない。
「無理かも……?」
「えっ」
「クロバット、そのまま……」
「なーんちゃって」
 ニアは舌を出して笑む。渦巻く熱の中、よくよく見ると、サニーゴの前に透明の何かが張られているのが見えた。
 “ミラーコート”だ。
「いっけえ!」
 ニアの掛け声とともに、サニーゴは最後の力をふりしぼる。熱風は、見事クロバットのもとに跳ね返った。
「サニーゴ、“はりきり”って、厄介な特性だけどさぁ。ニアのサニーゴはそのへんもわかったうえで修行してますんで!」
 ニアは得意になって言う。クロバットは戦闘不能になり、ルチはクロバットに、バンジローはノクタスに向かって駆ける。
 三人がポケモンをボールに戻し、挨拶をして握手を交わす。ルチの手は、まさにナースを思い浮かべる白さと細さだったが、柔らかくもあった。
「見事でした。楽しいバトルだったし、シンエにとっても良い経験になったでしょう」
「は、はいっ!」
「ニアも楽しかったよ」
「僕も。まさか勝てるとは思いませんでしたけど……」
 そう言ったバンジローを、ニアはこづく。子供二人のやりとりを、ルチは微笑を浮かべ見守っていた。

 ⇒NEXT 130817