Slide Show - 処女航海


 眠らない大都市、という名に違わず、セルビルシティは無数のネオンが輝いていた。
 ラッセンにとってどうということはないが、トランは早速人の波に酔ってしまいそうだった。実質研修生たちのリーダーであるラッセンは、トランを気遣うことを忘れない。
「しんどくなったら、すぐ言ってや」
「大丈夫。人が集まるってことは、ポケモンも集まるってことだもん」
 トランは顔を上げる。それから、どこを見るともなくぼうっと立ち尽くす。始まったな、とラッセンは思った。
「ガマガル。ムクホーク。ウソッキー。それに、……ミカルゲ?」
 ただ呟いていただけなのが、最後のミカルゲになるとトランは一瞬ためらった。
 トランは、その場にいる強い思いを持つポケモンをすぐさま察知することができる。ラッセンには、トランが挙げたポケモンは見当たらない。仕方ないので、ラッセンは自分の知識で話す。
「ミカルゲか。悪さしてかなめ石に縛り付けられたっていう」
「そんな話があるの。なんでそんなポケモンがこんな大都会に……?」トランは首をかしげた。「縛り付けるって、つまり封印だよね? ならもっと静かなところを選ぶんじゃないかな」
 トランの言葉に、ラッセンも同意する。二人が立ち止まって話していると、周りの人がすいすい避けていくのがわかり、とりあえず移動しよう、とラッセンは提案した。

 デパートのソファの柔らかさに身を預け、トランとラッセンは一休みした。周りには、セルビルデパートの紙袋を持った人もいれば、他のところで遊んできたらしい子供たちもいる。
「ミカルゲ以外には、確かガマガル、ムクホーク、ウソッキーか」
「うん。なんか共通点ってあるかなぁ」
 トランが言って、また辺りを見回すと、ピンポンパンポン、と呼び出し音が鳴った。続く言葉は、トランやラッセンには嬉しいものだった。
「お客様にお知らせします。只今より、六階のイベント広場にて、ポケモンバトル大会を開催いたします。タウリンやインドメタシンなどのプレゼントもございますので――」
「なんだって!?」
 ラッセンはすぐさま立ち上がる。その勢いで、ソファがばふんと揺れた。
「タウリンもインドメタシンも高いもんね。参加するしかないよ!」
「おー!」

 六階のイベント広場には、すでに多くのトレーナーが集まっていた。
「はい、ではここでご参加はしめきりとなります。 バトルがお強いお客さんにはプレゼントもございますので、素敵なバトルをお見せください!」

 トランもラッセンも、互いに準決勝まで勝ち抜いた。商品は入手確定となったが、このまま二人で決勝を迎えられたらと気合いを入れる。そのような状況で、トランの試合相手は、辞退する、と言った。
「えっ……」
「興味がなくなった。私の分の商品は他のトレーナーに」
 彼女は踵を返す。
「そんなー!」
 言いながら、トランははっとした。かすかながら、あの空気を感じた。赤い立派な鬣を持つ、獰猛な鳥ポケモン。
「待って」
 トランは彼女を追うように駆ける。こんな都会で一人の行動はまずい、とラッセンもトランを追う。かくして、イベント広場にはラッセンと準決勝が当たったトレーナーだけが残された。

 トランは第六感が優れているというものの、視力は人並みであった。都会の喧騒にまぎれてしまえば、追う対象がどこかわからなくなる。
「特徴は……ピンクのポニーテールか」トランに追いついたラッセンが言った。
「うん、そうだった。彼女、きっとムクホークを持ってる」
「なるほど、やから……せや、また何とか見つけられへん?」
 ラッセンに言われ、またトランはぼうっとした。その瞬間だけは、あらゆるノイズが遮断される。
「あそこに!」
 トランが指した方向に、鈍い色の空をバックになにかが飛んでいた。ムクホークだ。ムクホークは下を向いて、ぞろぞろ歩く人をじっくり見ている。そして何か合図を終えたのか、大きく旋回して空を目指した。
「高くに飛んでっちゃう」
「ピンクのポニーテールのトレーナーをどこかに連れて行きたいのかも。でも、上か……どこかのビルか?」
 ラッセンは、大通りの花壇にぴょんと乗り、ビル街のふちどりをなぞる。
同じ年頃の子供より一際背の高いラッセンは、少し遠くにある高層ビルを見つけた。
「あれ、バトルタワーちゃうか」
「えっ。それって、サクハフロンティアにもできるやつ?」
「うん。バトルタワーは、ホウエン地方の建築士によるデザインがよく使われるって聞いたことある。あのタワーもいろんな地方のと似とうし」
 トランも花壇に乗るが、高層ビルのてっぺんが少し見えるだけで、ラッセンが言うことも想像するしかない。しかし、別に感じることはある。
「はじめに感じたポケモンたち、あそこにいるかも」
「えっ本当? これは決まりやな、行こか」
 ラッセンは駆け出す。今度はトランが追いかける形になった。
 タワーの目の前にたどり着くと、トランも、ほう、と納得の声を上げる。ラッセンも改めてタワーを見る。高層ビル街のセルビルにありながら、タワーの赤ラインと青ラインは圧倒的な存在感を示している。サクハ地方でもタワー建設は始まっているが、本当にこんなものがサクハにもできるのだろうか、そして新たなブレーン候補を迎えたニアは仕事を全うできるのだろうか、といらぬ心配をしてしまうぐらいだ。
 ラッセンがトランに視線を移すと、トランはまだタワーを見上げていた。首が折れるよ、とからかおうとしたが、それはトランの表情を見て憚られた。
 トランの顔色が悪い。
「どうした」ラッセンが言う。「顔色悪いやん」
「だ、大丈夫。ちょっと都会が苦手ってだけで」
「どう見ても大丈夫やないやん」
 ラッセンは、トランをゆっくりと木陰のベンチに連れて行き、そして座らせた。
「ラッセンはタワーに挑戦して」
「そんなこと言われても……」
 ラッセンがうろたえていると、隣から、すっと水筒を差し出す人がいた。
「それは多分水不足ですよ。この町ではよくあることです」
 水筒を持った人が言う。
「あなたは……?」
「あっけして怪しい者ではありませんよ! ああでもこう言ってしまったらもっと怪しまれてしまう……こういう者です、見ていただければ」
 その人は左手ですっと名刺を出した。
 セルビルシティジムリーダー・ミテイ ビリビリ ビビリ チキン
「ジムリーダーさんですか!」
「そ、そそそそんなに強いわけではありませんが」
 トランがぱっと目を輝かせると、ミテイはその眩しさを紛らわすように否定する。名刺のとおり、なかなか挙動不審らしい。
「ビリビリ、とありますが、専門は電気タイプですか?」
「そうですそうです、おいでーマルマイン!」
 ミテイが言うと、タワーの裏からマルマインが転がってきた。その時、小石につまづき、表情が渋くなる。
「あーやめてください! ここで爆発やめてくださいスミマセン!」
 ミテイが言って数秒、マルマインはふうとため息をついた。
「よかったー爆発しなくて……」
 何匹ものポケモンを育ててきたトランやラッセンには、一目でそのマルマインが良く育てられたポケモンだとわかった。
「えへへマルマイン、素敵です……うう」
「トラン、水!」
「ふぁい……」

 ⇒NEXT 130925