水を飲み、しばらくベンチで休んでいたトランだったが、そのポケモンの気配を察知した時に起き上がった。
「ど、どうしたんですかいきなり」
隣に座っていたミテイが驚く。トランは彼を見ることなく、ミカルゲの気配がしたと告げる。
「ミカルゲ……?」
「はい。私がこの町に来た時からずっと、ミカルゲの気配がするんです」
トランは惜しげもなく言った。ジムリーダーであれば、少しばかり特殊な能力を持つトレーナーも珍しくはないだろうと判断したのだ。
「昼間だけいる人たちと違って、私はずっとこの町にいますが……ミカルゲを見たことはありませんねぇ。ここが都会になる前に、そういう物語があったのかもしれませんが」
「物語が?」
「はい。誰かが用意していたのかも、もしくは持ってきたのかも。シンオウ地方におけるミカルゲと要石の伝説は私も知っていますし」
トランには、ミテイの言葉の意味がよくわからなかった。しかし、ラッセンと同じくかなめ石の話題を出してきたことで、ミカルゲがどういうポケモンなのかを掴もうと考える。
「確か、ミカルゲは悪さをしてつかまったんですよね?」
トランは、ラッセンが言っていたことを問うた。
「そうですね、いたずらっ子だったのかもしれません」
「いたずらっ子。……この町にいたずらっ子が好きな場所ってありますか?」
「まあいたずらっ子というかやんちゃな子が集まる場所なら。あいまいでスミマセン」
言って、ミテイも立ち上がる。和らいだとはいえ、頭痛が続くトランを放ってはおけないのだ。トランにとっても、独りでこの町を回るのは疲労のもとになる。ジムリーダーのお供、これ以上に頼もしいこともない。
「では、その場所に」
「もちろんですよ」
ミテイが前を歩き、トランが後ろにつく。ふと見上げたバトルタワーで、彼が戦っている。ラッセンはトランと別れ、単独でタワーに入ったのだ。今は何階までたどり着いただろう。
*
ニアの戦いぶりをずっと見ていた。
そして自分も、フロンティア研修生としてポケモンとともにやってきた。
ラッセンとアリコは、新ブレーン候補との戦いを経験していない。元々のブレーン候補であるイロハとカシスが、候補を辞めなかったからだ。
だから、これがラッセン初の「実戦」になる。アウェーのバトルタワー、その名に不足なし。
トランがいない中、ムクホークに近づけているのか不明瞭だが、それでも勝ち上がっていくしかない。
またも相手ポケモンに、ドータクンの“ジャイロボール”が炸裂した。
七戦を一セットとして、今は三セット目にいた。
サクハ地方のフロンティアでは、三セット目の最後、つまり二十一戦目には、タワーを除く施設の研修生と戦うことになっている。
数えれば小さな数字かもしれないが、いざ挑戦者として三セット目まで来てみると、その道がいかに過酷かがわかる。今のところドータクンが何とか戦ってくれているが、接戦の末辛勝した数も、もはや片手にはおさまらない。
二十一戦目のために階段を上がっていた時、踊り場でトレーナーとすれ違った。揺れるポニーテールを横目でみやると、その色はピンク。ラッセンは思わず呼び止めた。
「あなたは……!」
「次のトレーナー、強いわよ」
「あなたはムクホークを持っている。そうですよね?」
あまり時間もないので、前置きもなしにラッセンが言うと、女性は顔を上げた。
「そうだけど、それがどうかしたの」
「僕と一緒にセルビルに来ている友人が、ちょっとばかり特殊な能力を持っていて。他にも、ガマガルやミカルゲの気を察知したと」
「……偶然にしてはできすぎているわね」
それだけ言って、女性は階段を下り始める。
「え、ちょっ!」
「あのガマガル、強いわよ」
最後にその言葉を残し、女性は振り返らずに階段を下りていった。
ガマガルといえば、オタマロの進化形だ。しかしそのガマガルも、ガマゲロゲというポケモンに進化する。
それをあえてガマガルのまま、ここバトルタワーで勝ち抜いているとなれば、相当腕のきくトレーナーなのだろう。それなりの覚悟をして、ラッセンは扉を開けた。
待ち構えていたトレーナーは、ラッセンと同じぐらいか少し年下の少年だった。
彼がガマガルを、と思うとラッセンは凝視してしまったが、あの女性が言ったからといって、次の試合でぶつかるわけでもないと思い直す。
「それじゃいくよ!」
少年が言う。審判がいない代わりにつけられたモニターには、「赤コーナー・ラッセン 青コーナー・レバリー」という文字が浮かんでいた。
普通のトレーナーだ、と思った。
しかし、それはレバリーが最後のポケモンを出した時に否定された。
ラッセンもレバリーも、残り一体。フィールドでは、ドータクンとガマガルが対峙していた。
天候は雨。ガマガルは“うるおいボディ”の特性に、また“しんかのきせき”を持っていた。耐久に優れており、素早さもないため、ドータクンの得意技“ジャイロボール”はほとんど効かない。
「“思念の頭突き”!」
「“眠る”」
また繰り返しだ。
ただでさえ頑丈なのに、ガマガルは眠ってさらに体力を回復させる。もうすでに戦いは泥沼化しているようだが、それは相手がドータクンに対し気づいていないポイントがあったからだった。
ドータクンは、“浮遊”の特性を持つ個体がバトルに向いていると云われている。しかしラッセンのドータクンの特性は、相手の裏をかける“耐熱”だった。もしレバリーがそれに気づき、ガマガルに地面タイプの技を指示すれば、相手は一気に勝利につけこむだろう。
……どうすれば。
*
ミテイが案内した場所は、ネオンがちかちかしたゲームコーナーだった。
ネオンといえど、セルビルではどこもちかちかしているのだが、この場所はそれが一際輝いている。
「あの、私入れるんですか」
「大人の遊び場、とか言いますけどね、なぜかセルビルのゲームコーナーは子供も入れちゃうんです、スミマセン」
まずミテイが扉を開け、トランはまたも後ろについた。
子供も入れるためなのか、トランが思ったよりもスモーキーではない。
「あ、あそこのスロットが二人分空いてますね」
「え、やるんですか!?」
「ほら、簡単ですよ。こうやってコインを入れて」
ミテイは、どこから出したのかコインを入れた。そのままスロットを回すが、いっこうに揃わない。トランは、仕方ないので隣に立って画面を見る。
「揃わないじゃないですか……」
「そんなもんなんですよ。あ、ラッキーが来ましたよ。これはチャンスです」
確かに画面にはラッキーがとことこ歩いて来ていた。そして何やら踊りだし、ミテイがボタンを押すと「7」が二つ揃った。
「ええー、すごい、あと一回ですね!」
「この回数でラッキーボーナスはついてますね、さて最後の一押し……えっ」
ミテイが気合を入れなおした時、画面は暗転した。
「えっ」
「ヒイイイイいきなりなんですかブチッて消えたら怖いですよ!」
ミテイは時間差で驚く。しかし、暗転した画面の向こうに、かすかに赤い「7」が見える。
「暗転じゃありません!」
トランが言った時、暗転と思っていたものが正体を現した。仮面のような顔、回る火の玉。
「ミカルゲです!」
先に形をとらえたのはミテイだった。この子がミカルゲ。トランはじっくり見ようとしたが、またミカルゲは消えてしまった。
「ああ、待ってよ!」
トランが振り返った時、トランの右手がボタンをかすった。見事「7」が揃い、スロットの画面がきらきら光り特典映像が流れる。
「あーっ! 最後の一押し、私が押したかったのに!」
「えっほんとだスミマセン!」
トランは、ついミテイを真似るように謝ってしまった。
ミテイがコインケースに勝ち取ったコインをおさめ、二人は外に出た。
「まあ、これで得したわけだし。さっきはスミマセンね、大人げないことを言ってしまって」
「いえ。でも、ミカルゲがどこに去ったのか、近くにいたからすぐに感じ取れました」
トランは、ゲームコーナーより一つ向こう側の大通りを指差す。
「あの方向は……コンテスト会場かもしれませんね」
*
そうか、とラッセンは思い出す。
今までずっと、ドータクンをアタッカーとして使っていた。補助技の充実したポケモンだから、あまりアタッカーとしては使われない。これも相手の裏をかくためであった。
しかし、ドータクンは、確かに補助技を覚えていた。あまり使っていないからとはいえ、まさかトレーナーである自分が忘れているなんて。
「ドータクン、“トリック”!」
指示を受け、ドータクンは目を輝かせる。ドータクンは知っていたのだ。
今度パレスのルールでバンジローと戦ってみようか、と一瞬思うが、ラッセンはドータクンの動きに集中する。
無事、相手の“しんかのきせき”を奪えた。成功だ。
ガマガルが眠ったまま、ドータクンは最後の“思念のずつき”をぶつけた。
「Winner:ラッセン」と画面に出ると、そのままレバリーはガマガルをボールに戻し、場を去ろうとした。
「待って、君にロビーで話が……」
「話?」
「うん」
ロビーに二人で戻った時、レバリーの白い顔がさらに青ざめた。
目の前に知っている人が立っていたからだ。
「け、警察の……リベスさん。やっぱりまだここに」
「ええ。あなたの知っている情報をよこしなさい」
ラッセンは二人を見比べる。まさかレバリーと、彼女――リベスと呼ばれたピンク色ポニーテールの警察――が、顔見知りだとは思わなかったのだ。
「ムクホークは、もう場所は突き詰めたみたいなの。だから、あなたのガマガルに一つやってほしいことがあるわ。わかるわね?」
「で、でも! ミカルゲは普通に遊んでただけで……」
「ミカルゲ?」
反射するようにラッセンが言った。
「ミカルゲなら、僕の友人が……あ、トラン、トラーンッ」
ロビーの大きな窓からトランが見えて、言いかけたラッセンは外に出た。
「あ、ラッセン! ミカルゲ、コンテスト会場に行ったみたいだよー!」
トランは思いっきり叫んだ。これは逆にやばい、とラッセンは思った。リベスはミカルゲを探していて、しかもミカルゲにはあまり良いイメージを持っていないようだからだ。
「へえ、コンテスト会場に」
ラッセンの前まで歩き、リベスが言う。
「私はもちろん行くわ」
「そんな……」
レバリーが肩を落とす。リベスは単車にまたがり、道路を突っ切る。追いかけるレバリーの隣にラッセンがついた。
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