Slide Show - 処女航海


 その日のコンテストは、すでにアピールタイムに入っていた。
 ぎりぎりのところでリベスに追いつかれなかったトランは、ロビーに入っても全く速度を落とさず、会場への扉を開けた。満席であるため立ち見だ。
 トランは察知した。わかる、ここにミカルゲがいる。
 ステージに目を向けると、キリンリキがアピール中だった。
「シャドーボール!」
 女子高生トレーナーが言うと、キリンリキは優雅に跳び、そっぽを向いた……ように見せて、尾の顔からその技を出した。無数の闇の球がキリンリキを囲む。
「そのままスピードアップ!」
 シャドーボールが加速し、キリンリキも跳んで旋回する。
 可愛らしいとされているキリンリキに、こんな魅せ方があったとは。とぼけた顔、不敵に笑う尾の顔、そして強靭な脚。トランも、思わず目的を忘れて見とれてしまう。
 しかし、予想だにせぬ事態もすぐに起きた。
「……えっ」
 女子高生トレーナーは何か言ったようだったが、トランには母音しか聞き取れなかった。シャドーボールが膨らんだと思いきや、ぱんと弾ける。代わりに浮かび上がったのは、燃えるような緑の球。
「ミカルゲ」
 トランの一言に、いつの間にか隣にいたリベスがはっとする。やがて、その仮面のような顔が浮かび上がった。
「えっ、えっ」
 トレーナーはさらに戸惑う。見たこともないポケモンがアピールタイムに乱入でもすればそうもなるだろう。
「おーっと、シャドーボールから出てきたのはミカルゲ!」
 会場がざわつく中、一際大きな声を出したのはミテイだった。その声に、何人かの観客が振り向く。
「誰? あの人」
「確かここのジムリーダーじゃなかったっけ」
「そーなの、知らなーい。だって私セルビル住みじゃないし」
 一気に注目を浴び、ミテイはスミマセンスミマセンと謝る。しかし、彼の言葉に救われたトレーナーもいた。
「あなたミカルゲっていうの。一緒にアピールしよう」女子高生トレーナーはミカルゲに歩み寄った。「“10万ボルト”!」
 キリンリキが一つ高跳びし、その技を放つ。ミカルゲはそれに応えるように、?銀色の風?を吹かせた。残ったシャドーボールと、ミカルゲの緑の球が美しく輝く。
「すごい! こんなのアリなんだね」
「いいぞキリンリキ、ミカルゲー!」
 観客も興奮して二匹を見る。ミテイはほっと胸を撫で下ろした。

「優勝は……女子高生のアミサとキリンリキ! ……とミカルゲ! ちょっとずるいけど、みんなのエキサイトを見てこの結果にしたぞ。ではリボンを……ありゃ、ミカルゲがいない」
 ミカルゲは既に姿を消していた。それもそうだ、リベスが動いたのだ。
 リベスは、廊下に行ったミカルゲを自身のグライガーで捕らえ、ラッセンの隣でコンテストを見ていたレバリーを連れてムクホークに乗った。
「ちょ、ちょっと!」
 ラッセンの抵抗も空しく終わり、ムクホークは空高く飛んでゆく。
「カイリュー、お願い!」
 トランは長年の相棒を繰り出す。素早く力のあるカイリューなら、四人とも乗せて上昇できる。かくして、一行はムクホークを追った。

「……わかっているでしょうね」
「はい。ガマガル、……“バブル光線”」
 バトルタワーの屋上は緑地になっていた。ここまで高いと誰も来ようとは思わないから、町の住民でもこの緑地の存在を知らない人が多い。
 ガマガルの技により、その場にいた木がのけぞった。その木はウソッキーという、れっきとしたポケモンだったのだ。ウソッキーがもと立っていた場所の足元に、何かつるんとしたものが地面から顔を出しているのがわかる。
「見つけた、“かなめ石”。レバリー、あなたが解放したんだから、あなたが封印しなさい」
 いくらゴーストタイプといえど、鍛えられたグライガーに捕らえられれば、ミカルゲも身動きがとれない。レバリーはミカルゲをじっと見る。
 ミカルゲは怖がっている。また惜しんでもいる。変な仮面をつけているように見えて、レバリーには、もうミカルゲの表情がわかるようになっていたのだ。
「……」
「そこまでです!」
 トランがカイリューから降り、高い声で言った。
「あんたたち……」
「よくわかりませんけど、ミカルゲは悪い子じゃありませんよ。ゲームコーナーで「7」が揃いそうだった時にはワクワクしてましたし、コンテスト会場で会った時も、キリンリキと一緒にアピールできて楽しそうでした。確かに、ゴーストタイプだから、いきなり出てくるとびっくりします。だからいたずらをしたって思われたのかもしれません。封印なんてやめてください」
 トランはリベスに近づいて訴える。トランが感情的になる中、ラッセンは彼らの会話を聞いた上で純粋な疑問を投げかけた。
「レバリーがミカルゲを解放したん? こんなとこまで来て?」
「うん。僕、親がこのタワーのスタッフで、小さなころはよくここで遊んだ」
 レバリーが言って、ラッセンは辺りを見回す。壁が高いため落下の心配もなく、また少しだが遊具がある。
「たまにだけど、スタッフの子供たちがここで遊んでるよ。今日はいないみたいだけど」
「ウソッキーとも遊んだん?」
「や、この木がウソッキーだって知ったのは最近。本当にタワーを昇りたくなって、バトルの特訓して、いろんなポケモンの名前覚えてってしてたら、ここの木のことをふと思い出したんだ。そういえばあの形、ウソッキーだな、って」
 ウソッキーは照れ笑いの表情を浮かべる。ガマガルが申し訳なさそうにしていると、ウソッキーはガマガルのコブを優しく撫でた。
「それでガマガルに技を使ってもらって、ウソッキーとバトルしようと思った。ウソッキーがどいた時に、かなめ石のミカルゲが解放されちゃった、ってわけ」
 レバリーの話が一通り終わると、また辺りは殺伐とした気配に包まれた。
「どんな理由はあれど、ミカルゲは強い力を持ったポケモンよ。このままいてもらっては、いずれ取り返しのつかないことになるかもしれない」
 リベスは態度を変えない。ただ警察官としての役目を全うしているだけだと、ミテイにはわかっていた。
「リベスさん、肩の力抜いてもいいんじゃないですか」
「ジムリーダー。あなた本来味方すべき人が違うのでは」
「スミマセン。でも、今日の騒動で、ちょっとばかり昔のことを思い出しました。誰の顔色もうかがわずやんちゃしてた子供時代をね」
「……」
「この町の人はピリピリしすぎなんですよ」
「ミテイさんかてビリビリビビリチキンやん」
 ラッセンがすかさずツッコミを入れる。
「私が言ってるのはピリピリ! ビリビリじゃなくて」
「同じようなもんやん。でも今のミテイさん超かっこええで」
「うん、かっこいいよ!」
 トランも言うと、ミテイは顔を紅潮させてしまう。
「は、ははは恥ずかしいー!」
 計らずも和んだ雰囲気になってしまい、レバリーは一つ決心する。
「ミカルゲ、僕のポケモンにならないかい?」
 え、と四人は振り返る。ミカルゲはそっと顔を上げる。
「トレーナーがしっかり面倒を見れば、問題はないんじゃないですか、リベスさん」レバリーが問う。「僕はタワーであなたに勝ちました」
 レバリーのまっすぐな瞳、そして他の三人の熱い視線を受けて、リベスは口を開いた。
「……そうね。それならあなたがどうにでもしなさい。あーあ、なんて報告しよう」
「ありがとうございます!」
 レバリーはぱっと目を輝かせた。そして、ミカルゲにボールを向ける。
「いいかい、ミカルゲ」
 グライガーはミカルゲを放す。ミカルゲは強く頷き、ボールに吸い込まれた。

「はい、めでたしめでたし。……それともう一つ」
 再びボールから出てきたミカルゲを見て、ミテイもポケモンを繰り出した。
「さっき不発に終わってしまいましたからね。マルマイン、思いっきり爆発しなさい。……みんな離れて」
 一行はぎくりとしてその場を離れる。マルマインはかなめ石を巻き添えに、文字通り思いっきり爆発した。

 ――これからはこのボールがお家だよ、ミカルゲ。

 タワーを下りると、辺りはすっかり夕暮れだった。橙色の空が、ビルの大きな窓に映り、幻想的に町を染めていた。トランとラッセンも帰路につく。
「あれ、でも、かなめ石って、ミカルゲの身体にくっついてるんじゃなかったっけ? なんか似たものがくっついてたよね?」
「あ、ほんまや」
 ラッセンは短く答える。今日は色々なことを忘れる日だ。
「じゃあ、あのかなめ石って呼ばれてた石って」
「ただの石だったのかも……」
「えー! 私たちの努力は一体……」
 トランはへなへなと、その場に倒れそうになる。ラッセンは苦笑してトランを見た。
「まあえんとちゃう? おかげで、ミカルゲはレバリーと一緒におれるわけやし」
「そうだね。リベスさんにはスミマセンって感じだけど!」

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