Slide Show - 処女航海


 森の前に広がる町は、ポケスロンドームをシンボルとした静かな町だった。
「ナハトタウンってここだよな?」
 ダイジュが、地図を持つアリコに問うた。
「うん。元々療養で来る人が多い町やって。ポケスロンドームがあるけん、元気になったらすぐ身体を動かせると」
 アリコは顔を上げ、深呼吸する。
「空気がおいしい!」
 アリコは田園広がる農村出身だから、こういう場所は好きに違いない。ダイジュも隣で深呼吸する。
「んじゃ、さっそく行くぞポケスローン!」

 ポケスロン会場でジャージを借りる。ダイジュは青、アリコは赤だった。お互い着なれた色で、それなりにそれらしく着こなしている。
「みんな出ておいでー」
「会合だ、ボーズども!」
 ポケスロンに参加できるポケモンは三体。国際ルールでのバトルで使うポケモンも三体。アリコとダイジュには、ポケスロンはぴったりの競技だった。
 エルフーン、パルシェン、ドラピオン、それからドンカラス、ダストダス、ライチュウ。六匹ともコンディションはばっちりのように二人には見えた。
「あれ、はじめて参加?」
 しかし、ポケモンたちを見てそう話す女性がいた。
「え、はじめて、だけど」
 返事をしたのはアリコだった。二人より少し年上の、こんがり日焼けた女性はにっこり笑ってぼんぐり≠差し出した。
「ポケスロンに参加するなら、まずパフォーマンスを上げないと。ぼんぐりをブレンドしてぼんドリンク≠作って、ポケモンにあげたら、運動神経も良くなるよ」
「えっ本当? ていうかくれるのか?」
「もちろん。私いっぱい持ってるから、ハイどうぞ」
「うわー、ありがとうございます!」
 二人は目を輝かせて受け取ったが、ポケモンたちは渋い表情を見せた。ぼんぐりをそのまま食べたら恐ろしくまずいということを知っているのだ。
「あっはは、大丈夫大丈夫! 私はトリカ。あなたたち、ナハトの子じゃないよね?」
「あ、はい。私はセイバタウンのアリコです」
「俺はホドモエシティのダイジュ! 今はアリコも俺もサクハ地方にいるんだけどな」
 二人が自己紹介すると、トリカは、そう、と笑った。

 ポケスロンドームの外周をしばらく走って、二人は木陰に入った。ぼんぐりをブレンドするには、走ることが一番だと聞いたからだ。
「疲れたー。えっドラピオンはまだいけるの……」
「シャーッ」
「ライチュウもいけるっぽいぞ……負けてらんねーな!」
 ダイジュがまた立ち上がると、地面から突然出てきたものに足をとられて、その場に倒れてしまった。
「ダ、ダイジュ! 大丈夫?」
「なんのこれしきっ……なんだよこれ」
 ダイジュはつまずいたあたりを見たが、そこには穴があるだけだった。そしてその穴を覗き込む。
「ポケモンの仕業か?」
 暗い穴を見て首を傾げると、ごめんなさーい、とドームの方面から声が聞こえてきた。
「あなた、私のディグダにされたんでしょ? ひゃーごめんなさい」
「ディグダ? そっかそういうことか」
 ダイジュは立ち上がり、ぱんぱんと手についた泥をはらった。話しかけてきたのは、セーラーカラーにスカート姿の女子高生だった。
「ディグダとあんまり仲良くないの?」
 アリコが率直な質問をすると、ディグダはずば、と足下の地面を突き破って地上に顔を出した。そして、女子高生のもとに寄る。
「まあ、見てもらえたらわかるんだけど、懐いてくれてて……ただね」
「ただ?」
「ディグダだったら、ポケスロンのハードル走で加速がしづらくて。ベストを尽くせばいいよ、って言ったんだけど」
「ディグ!」
「聞いてくれないの。それで、ひたすら一匹で穴掘って、スピードを上げてるみたいなんだけど」
 もちろんぼんドリンクはあげたのよ、と彼女は自身のボトルを見せて言った。
「こうまで頑張ってると、私も勝たせてあげたくて」
「よし。話はよーくわかった!」
 こほん、と大袈裟に咳をしてダイジュが言った。
「なら、修行しよう! 要するに、ハードルを跳べるポケモンよりも速く掘ればいいってことだろ、なら、ダグトリオに進化したらいけるかも」
「進化させるの?」
「うん。ダグトリオはすごく素早いんだ」
 ダイジュが言うと、知らなかった、と彼女はため息をついた。ポケスロンに生きて、ぼんドリンクのブレンドや監督としての役目を極めてきたが、ポケモンの能力そのものに関する知識はまるでなかったのだ。
「じゃ、修行すっか! そうだなー……俺たちのポケモンでもいいけど、せっかくだからナハトの施設に世話んなりたいな。この町ってジムあるのか?」
「ジムならあるよ。確か、鋼タイプだったような……」
「オッケー、それならいける! 稽古つけてもらおうぜ、アリコもそれでいいか?」
「うん、楽しそう!」
 笑いあう二人とポケモンたちを見て、女子高生もふふっと笑った。ディグダも進化の話を聞いて、気合いはばっちり入ったようだ。
「ありがとう。私はサヨ。ジムがどこかは知らないんだけど、地図見て行けば大丈夫。よろしくね」
「ディグダー」
 一人と一匹が自己紹介して、アリコとダイジュも簡単に自己紹介した。そして、アリコの持っていた地図を見てジムに向かった。


サヨの名前は、『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』の日本語名『小夜曲』から来ています。

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