Slide Show - 処女航海


 ジムリーダーは不在です、と言ったのは、サヨより少し年上の女性二人だった。それを聞いて、三人、とくにダイジュはがっかりする。
「そんなに気ィ落とさなくてもいいでしょー。私たちだってジムトレーナーなんだから」
「理由はどうあれ、来られた方とはしーっかりバトルしなさいって、ジムリーダーに言われてるのよ。ねっ、ムジク、あなたも来なよ」
「せやなぁ。アイネとクライネだけやったらこっちも不安やしなぁ」
 なにそれー、と、アイネとクライネと呼ばれた女性二人が口を尖らせた。作業着姿でのしのし近づいてきたムジクを合わせると、ちょうど三対三になる。
「三人寄れば文殊の知恵……ってことで、トリプルバトルしましょ、トリプルバトル!」
 アイネが言うと、文殊かどうかは別として、とクライネがつけ加えた。
 一人が三匹を出すことによって独自の戦略が問われるトリプルバトルならば、ダイジュやアリコも研修生たちと何度か行ったことがある。しかし、マルチバトルのルールを取り入れ、三人が一匹ずつ出す形式のものは二人とも経験がなかった。まして、サヨはほとんどバトルをしたことがない。
「んじゃ、いくよっ! サイホーン!」
「じゃあ私はヨーギラス!」
「ワイはエアームドで」
 相手は、向かって右からアイネ、クライネ、ムジクの順に並び、各々のポケモンを繰り出した。
 威勢よく見えて、実はこちらに有利なポジションを譲っている。何人ものトレーナーを相手にしてきたジムトレーナーであるから、一目見てサヨを初心者だと確信したのだろう。
「よーし、じゃあこのダイジュさまが真ん中で迎え撃つぜ。いっくぜードンカラス!」
「私たちもいくよ、パルシェン!」
「ディグダ、頑張ってこうね」
 まずダイジュ、そしてアリコが動き、残る右サイドにサヨが立った。飛行タイプを持つエアームドに、ディグダの地面技は効かない。ダイジュとアリコは、ディグダをエアームドから遠ざけるためさり気なく動いたが、おそらく相手方はわかっているだろう。

 ディグダが一番早く動ける、と、その場のサヨ以外の全員が思った。
「全員に当たる技、持ってるか」
 ダイジュがサヨに耳打ちした。
「ぜ、全員……?」
「攻撃範囲が広いやつだ、“穴を掘る”じゃ狭い。想像でいい」
「……あ、あれならいける、かも!」
 サヨが言って、ダイジュは、オッケー、と持ち場に戻った。
「パルシェン、“守る”!」
 二人の様子を察したアリコは、まず自分の守りを固めた。
「ディグダ、あれよ、“マグニチュード”!」
 よし、とダイジュは笑った。ディグダは真剣な顔つきになり、ジムを揺らす。地面タイプが効かないドンカラスとエアームド、それから守っているパルシェンは平気な顔をしているが、残るヨーギラスとサイホーンには効果抜群だ。
「マグニチュード、推定六……まあこんなもんか、でもなかなか」
 パルシェンにくっついて揺れに耐えながら、アリコが言った。
「ドンカラス、“不意打……あれ」
「“フェイント”!」
 ドンカラスが不意打ちを仕掛けようとすると、エアームドが隣をすいと抜けた。エアームドの技は目の前のパルシェンに命中する。
「作戦、しっかり読んだったで」
「やりますねぇ」
 エアームドが攻撃したのはパルシェンだが、実質、ドンカラスも騙したことになる。たいした腕だ、とアリコは思ったし、あのエアームド絶対倒す、とダイジュは思った。
「私たちもいきましょ、ヨーギラス! “砂嵐”、じゃじゃーん」
「ヨーッ!」
 威勢のいい声が響き、砂嵐が起こった。パルシェンとドンカラスは不利な戦いを強いられることになる。
「んじゃサイホーン、“怖い顔”いっちゃって!」
「サーイ……」
「ディグゥ!」
 サイホーンは、ディグダの目の前で、思いっきり“怖い顔”をしてみせた。ディグダは怯える。これで動きがやや鈍くなり、さきのような先行マグニチュード戦法は使えなくなる――はずなのだが。
「はい残念でしたー、俺様のドンカラスは“追い風”使えるんですー!」
 パルシェンとエアームドにわずかながら素早さで優るドンカラスは、今度こそ、と風を起こしてみせた。ヨーギラスの“砂嵐”と競り合うが、どうにか追い風は安定した。
「よーし、これでディグダも早く動けるはずだぜ!」
「うん! ええと次は、“穴を掘る”で!」
 さきほどとは違い、パルシェンは身を守っていない。このままだと“マグニチュード”は、味方にも当たってしまうため、次は範囲の狭い攻撃に決めた。
「わかってんじゃん」
「足引っ張りたくないもん」
 はじめは掘った跡が見えたが、すぐ砂嵐にまぎれて見えなくなる。
「“オーロラビーム”!」
「“エアカッター”や!」
 次はエアームドとパルシェンの力比べだ。追い風にのったパルシェンの技がやや早く相手に届く。
「“波乗り”やったら味方にも当たるけん……これなら大丈夫やって」
 エアームドはぐっと技に耐え、指示された“エアカッター”を繰り出した。向かい風でありながら、その技はパルシェンとドンカラスに届く。
「カァーッ」
「やっぱつええ……」
「ヨーギラス、“岩なだれ”」
「サイホーンも、“ロックブラスト”でゴー!」
 続いて、アイネとクライネの二人が指示をする。ディグダは穴を掘っているため、サイホーンの技は、ドンカラスにしか当たらない。さらに、ヨーギラスの“岩なだれ”は、相手全体に命中する技だ。
「カ……カァ……」
 苦手な岩タイプの技を立て続けにくらい、ドンカラスは疲弊した。
「頑張れ、ドンカラス! そうだ、“追い風”に乗って、自慢のバランスで立て直せ」
「カァーッ!」
 なんとか自我を保ち、ドンカラスは体勢を立て直した。
「へぇ。バランスが自慢か」
「両利きで脚もつえーぞ!」
 ムジクが言うと、ダイジュはいつもの得意顔で言った。
 そしてその時、ディグダが地上に顔を出す。“穴を掘る”は、ヨーギラスにヒットした。
「防御が低いのはサイホーンよりヨーギラス、そして真ん中のポケモン……いい判断だ」
「ディグ!」
 ヨーギラスは苦手な地面技に耐えられず、倒れてしまった。
「ここからは一気に決める! ドンカラス、“ブレイブバード”!」
「あの、ダイジュ」
 ダイジュはどうしてもエアームドを倒したかったらしく、その技をエアームドに向けて指示した。
「パルシェンの技、サイホーンまで届かないんだけど……」
「えっ」
「しょうがない、ちょっと無茶やけんこれしかない! “波乗り”!」
 ドンカラスの得意技とパルシェンの広範囲攻撃技が相手を襲う。
 ついでにドンカラスも、そしてディグダも襲ってしまった。

「最後グダグダやん……」
「でも、ま、こっちのポケモンは三体とも戦闘不能。相手はドンカラスだけ。負けは認めないと」
「くっそードンカラスぅ〜」
「ダイジュは最後までしっかりやるようにしないと。……あれっ、ディグダ、もしかして進化?」
 アリコが言うと、全員がディグダに注目した。ディグダの身体が淡く光る。
 その光がおさまった時には、ディグダの頭が三つ――ダグトリオに進化していた。
「おおっすげー! もうダグトリオになったんだな」
「そっか、ダグトリオ、っていうんだったね。よろしく」
 サヨが言うと、ダグトリオは元気に返事した。

 ポケモンを回復させ、コンディションもパフォーマンスもばっちりになったところで、ダイジュ、アリコ、サヨの三人は、ポケスロンへの出場手続きを終えた。
「ポケモンは……ダグトリオに、デルビルにジグザグマ!」
「うん、進化はしてないけど、速いよ!」
 三人が出場するのはスピード部門だ。ポケスロンは四人の選手と十二匹のポケモンで行うため、あと一人登録すれば始められる。
「お待たせしました、スピード部門出場者の皆様はゲートへお集まりください」
 そう放送が入って、三人と九匹でゲートへと向かった。

 会場へ入ると、ものすごい歓声が三人を迎えた。
「こ、こんなに盛り上がるのかっすげー!」
「いや、待って。あの人が出場してるから……」
 言って、サヨはもう一人の出場者を見た。二人も彼女を見る。こんがり肌のその女性は――
「ぼんドリンクの人!」
 アリコが叫ぶと、彼女――トリカが振り向いた。
「ああ、さっきの子たち! うわー、偶然だね」
「トリカさん……彼女が、この町のジムリーダーだよ」
 サヨの言葉に、ダイジュとアリコは拍子抜けする。
「そっ、そうだったのか!」
「そしてポケスロンも……すごく強い」

 一競技目はダッシュハードルだ。ライチュウ、エルフーン、ハッサム、そしてダグトリオが並ぶ。
「いよいよだねダグトリオ……」
「ダグッ」
「俺たちも負けねぇぞ!」
 スタートを知らせるピストルの音が鳴る。それを聞いて、すぐさまダグトリオはダッシュをかけた。
 進化して素早さが上がり、ハードルを潜ってもまだ余裕がある。他の三匹は引き離されるばかりだった。
「せ、せめて二位」
「エルフーンだって負けないよう!」
 こうなってしまうと、ダイジュもアリコも燃えてしまう。
「ゴール! サヨ選手のダグトリオ、圧倒的です!」
 ダグトリオがまずロープを切り、続いて他の三匹がなだれ込んだ。
「こ、これは僅差です! スローモーションで見てみましょう。……二位は、ダイジュ選手のライチュウ!」
「やりぃ!」
 根性だけはあるライチュウだ、最後にどうにか速度をあげ、わずかにハッサムとエルフーンに勝ったようだった。

 しかし、その後の二競技、スティールフラッグとチェンジリレーでは、トリカのハッサム、エアームド、ハガネールのパーティが圧倒的な力を見せ、総合優勝はトリカに終わってしまった。
「ナハトの星! やはりトリカは強かった!」
 そう実況が入ると、会場では大きな拍手が湧く。
「けた違いに強え……ジムリーダーでポケスロンも強いって、すごいんだな」
「そうだね。でも、今日の一件で、バトルにも興味が出ちゃった。ダグトリオも同じみたい。ねっ」
「ダグ」
 トリカは四方向の観客に向けて手を振ると、三人のほうへと歩き、一人ひとりの手を握って、挙げた。
「おー! キミらもすごかったぞー!」
「トリカ相手に熱い戦いを見せてくれたもんだ!」
「好きだよー! また観たいなー!」
 優しい歓声を受けて、三人も、グランドにすわっていたポケモンたちも、へへ、とはにかんだ。

 ノーチェスシティに戻ったのはダイジュとアリコが最後であった。
 待ってたよ、とニアが二人に駆け寄る。他の三人はどうやらへとへとのようで、ベンチに座ったまま手だけ振った。
「今夜バーベキューなんだって! 突然来たのに、太っ腹だよねぇ」
「さっきからニアがうるさいんだよ。他のみんなもお腹すいてるし、まずは食べよう。それで、明日はみんなでトレーニングだ」
「おう!」

 バーベキューを終え、ついでにかくれんぼも終えてから、ラッセンはノートを開いて、その日の出来事を記録していた。そのノートを見て、ニアもタンインシティでの出来事を話す。
「ふーん。じゃあ、それも日記に書いておくよ」
「えっニアの出来事まで? なんというか、律儀だねー」
「僕の日記であるとともに、みんなの記録だから。ニアにとってもいい経験になったでしょ?」
「まあそうだけどねー」

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