Slide Show - 処女航海


 バトルトレーニングは、ダブルやトリプル、ローテーションと、多彩な形式で行われた。ポケモンの能力値や試合の経過は、ラッセンが記録する。
「アギルダー、むしのさざめき=I」
「……ギル」
 その一撃により、バンジローのノクタスは倒れてしまう。
「ノクタス、戦闘不能。アギルダーの勝ち」
「やたー! アギルダー超速い、やばい!」
 ニアはアギルダーに抱き着くが、どうやらこのアギルダーは一匹狼タイプのようで、ニアの笑顔を見て、やれやれ、とため息をついた。
「甘いぜーニア。さっき俺のドンカラスに負けたくせに!」
「んもー。どうせまたバランスが悪いとか言うんでしょ」
「基礎は大事だぜ」
 ダイジュの隣で、ラッセンも頷いた。喧嘩っ早い性格をしているが、ダイジュは基礎トレーニングをとても大切にしており、その点においてはラッセンも一目置いているのだ。
「……まあ、確かにレベルはまだまだだし。アギルダー、これからもよろしくね」
「……ギル」

 続いて「女子カップ」が始まった。アリコが企画した、フロンティアエリートのナンバーワン女子を決める戦いだ。
「男子たち、審判ちゃんとしてね!」
「へいへい」
 すぐにニアとトランの試合が始まる。
「両者位置について、繰り出したポケモンは……サニーゴとカイリューだー」
 結局、アリコが実況までしてしまうから、男子たちの出る幕はなくなってしまった。
「俺たちも、どっか他のとこでバトルすっかぁ?」
 ダイジュはそう言ったが、バンジローが真剣な目つきでラッセンを見ていることに気づき、どうした、と訊いた。
「お前たちになら……話せるかと思って」
「なんかあったん? 話して」
 ラッセンに促されてからも、バンジローはしばらく口を開かなかった。それでも二人が何も言わずに待っていると、話し始めた。
「昨日の帰り、……“砂の民”を見て」
「砂の民? なにそれ」
「確か、バンジローの民族とは違うサクハの少数民族、やっけ?」
 ラッセンが言うと、バンジローは頷いた。白に近い、薄い色の髪に、赤茶色の瞳を持ち、居住地などが長く問題になっている民族だ。
 かつては、バンジローたち多数派の“アフカスの民”とほぼ同等の規模だったが、移民の入植や戦争を経て、住みにくい土地に追いやられ少数派となってしまった、という経緯を持ち、“アフカスの民”族長の末裔であるバンジローとしては、彼らに複雑な思いを抱いている。
「見た目もだけど、衣装ですぐにわかった。砂の民ってさ、一族の復活のために戦ってるって印象があったんだけど、昨日見た人たちは……幸せそうで。満たされていて。サクハのことなんて忘れてしまったのかもしれない……」
 言うと、場は沈黙してしまった。向こうでは、トランのカイリューの技がヒットし、ニアのサニーゴを倒したようだった。
 ラッセンも、ダイジュも、サクハに来てまだまだ日が浅い。それは女の子三人も同じだ。誰も、バンジローの気持ちを全て理解することはできない。
「……そうか。辛かってんな」
「うん」
「俺はサクハのこと好きだけどな」
 バンジローは顔を上げる。ダイジュは、にへ、と笑った。
「どんな面も「らしい」っていわれるイッシュも楽しいけどさ。のんびりしてるように見えて色々考えてる人が多いサクハも好きだぜ」
「僕も。ロダンさんに連れられて来た場所やけど、第二の故郷、って言ってもいい気がする」
 そして、バンジローが見た彼らも、ここが故郷になってしまったのだろう。それは、嘆くことではないのかもしれない。
 いずれにせよ、過去に戻ることはできない。
「……お前ら、ありがとな」
 ダイジュが言うと、三人は笑った。ニアとトランの試合も佳境だったので、そのゲームは見届けることにした。

 お昼休憩とはいうものの、知的好奇心が旺盛なラッセンは、ノーチェスの市内を歩き、目的地を見上げてため息をついた。
 タリア図書館、それは、伝統を重んじるノーチェスならではの荘厳な外観だった。
 館内も、細かな彫刻の入った本棚がずらりと並ぶ。その中で、ラッセンは古びた絵本を手に取った。『タリア御伽噺』と、今ではほとんど見かけないフォントで書かれていた。
「お気に召したかしら? 見かけないおぼっちゃん」
「え、あ、はい。あの、タリアってなんですか?」
 その博物館で働いているらしい女性が小声で話しかけてきて、ラッセンはそれに不器用な相槌と疑問で返した。
「やっぱり見かけないわ。タリア地方、ここの名前じゃない」
「あっ……」
 そうだったのか。ラッセンは、そんなことすら知らなかった自分を恥じる。
「その絵本、おすすめよ」
 女性はそう言うと、返却棚の本を集めて去って行った。ラッセンは、腫れ物に触るような手つきで、粉になってしまいそうなぐらい古い本のページをめくる。

 ながいおはなし、みじかいおはなし。この世界には、たくさんの物語があります。
 でも、すべてのおはなしはいつか終わってしまいます。この本も、あなたは読み終わるか、そうでなければ途中で投げ出してしまうでしょう。
 そこで、もし、終わらないおはなし、幸せがずっと続くおはなしがあったら――

「そう、つまり、それが、今のタリア……」
「えっ?」
 顔を上げると、その女性が戻ってきていた。頬杖をついて、落ち着いた笑みをこぼす。
「この世界よ。だけど、絵本なんていろんな人のバージョンがあって、さらに何度か改訂もされてるから、私たちも一定の存在じゃないんだけどね」
「……?」

 ラッセンは、帰路についた時も、その女性の言葉を思い出していた。
(タリアって、この地方の名前のことやんなぁ? 今のタリア、ってどういうことなんやろ)  そこでまた考える。タリアを、「世界」と置くと納得できるような気もした。自分が死んでも、世界は続くからだ。
(でも、そういう意味でもない気がする……)
 結局、その日はまたトレーニングをし、ストレッチして、全員でブレーンになろうといつものように誓い合って、布団にもぐる。五人が寝息を立て始めてからも、ラッセンはなかなか寝付けなかった。

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