Slide Show - 小千世界


 ダイジュが追いついたとき、ノーラは白い杖を短くたたみ、フワライドに軽く触れていた。
「……目、見えないのか?」
「あんまりね。あなたの髪は眩しい色ね、ダイジュくん?」
 名前を呼ばれてぎくりとした。そうだ、彼女の目が見えるとか見えないとか気にしている場合ではなかった、と思いダイジュはポケモンを出す。
「やってやれ、ドンカラス!」
「あら、威勢のいいこと。野良バトルなんて久しぶりだけれど、引き受けましょう。ねえ、フワライド」
「フワワー」
 フワライドがノーラの元を離れ、またノーラは杖を伸ばした。ダイジュはものすごい形相でノーラを睨みつけるが、もちろんノーラには見えていない。
「フワライドになら素早さで勝てるはず……なら、一気にいくぜ! “ブレイブバード”!」
 いきなりの大技を、フワライドはその丸い身体で思い切りくらってしまう。風船のような身が少し変形したが、すぐにぷうと膨らんで、どうにか技に耐えた。
「ふふ。強いじゃない、さすがブレーン候補。……“小さくなる”」 「げっ」 「カァ?」  ノーラの指示を受け、ダイジュとドンカラスの視界から文字通りフワライドが消えた。小さくなったフワライドをどうにか見つけたのはドンカラスが先だったが、嘴から突進する攻撃スタイルのドンカラスにはかなり狙いが定めにくくなる。
「……見えないでしょう?」
「……」
 ダイジュには気味悪く思えた。お前だって見えないくせに! と思ってノーラのサングラスを見ると、心の中でとはいえひどいことを考えてしまったと思いはするものの、自分はどうすればいいかわからなかった。
 その迷いは、ドンカラスにも伝わる。
「……っまだまだいくぞ、ドンカラス!」

 ○

 ステラは、サクハに戻ってからたったの一週間で、イッシュ地方はサンヨウシティに立っていた。ニアとラッセン、二人の研修生を連れて、マコモの研究所を見つけた。
「あんまり研究所っぽくないね」
「イッシュは個性的な町が売りだから、景観規制の強いところも多いらしいで」
「なるほどなー。よし、入るか」
 ステラが先に扉を開け、その横をニアとラッセンがすり抜ける。すでに連絡をとっていたためか、マコモは三人を見るとすぐに反応した。
「あら、あなたたちね! サクハ地方からのお客さんって」
「はじめまして、港町のステラです」
「オーリむらのニアです!」
「アサギシティのラッセンです」
 三人が挨拶をすると、マコモは一行を二階に促した。マコモとよく似た少女が後ろからティーポットを持ってついてくる。長い話になるということはわかっていたから、椅子もしっかり用意されていた。一行が座ると、ティーポットを持った少女が話す。
「私はマコモの妹、ショウロです。紅茶で大丈夫?」
 その言葉にニアは、大好きです、と答えた。
「……で、そうねぇ。突然いなくなったポケモン……興味をそそる話ではあるけど、一大事ね」
「そうなんです。でもマコモさんの研究以外に手がかりもなくて……マコモさんは若くしてすごいものを開発してる、とかで」
「やだ嬉しい! そうね、じゃあまずトレーナーカード、いただけるかしら? そこからポケモンレポートを抽出するわ」
「レポート抽出……」
「マコモの研究はうさんくさい言葉もいっぱい出て来るけどあたしもやってもらったから大丈夫ですよ」
「……では、お願いします!」
 ショウロに言われ、ニアはトレーナーカードを差し出した。その元気溌剌な写真を見てマコモが微笑む。それから、マコモはベッドのついたマシンにカードを差し入れた。それから、パソコンがぱっと輝く。
「んー、それらしきファイルは……」
「これ、出来事が記録されてるってことですか?」
 ラッセンは画面をじっと見て言った。
「トレーナーというか、ポケモンのね。ポケモンだって自らを電子化する能力を持ってる。それで、触れ合うたびにレポートがアーカイブ化されるのね。私はそのアーカイブをエイ語化するプログラムを作って……」
「ラッセン、わかる?」
「わかるようなわからないような……」
 ラッセンが頭を抱えると、マコモとショウロの姉妹が笑った。画面は順調にデータ解析の結果を示していたが、途中で止まり、エラー音が鳴る。
「あら?」
 不明なレポートが含まれています、と書かれたポップアップを読んで、マコモは首を傾げる。
「……こんなのはじめて。どうしたのかしら。日付は一週間少し前……」
 ニアははっとした。やはり、カブルモがいなくなり、自身の記憶が抜けたことに関連しているのだ。
「あの」
 マコモとニアの反応を見て、ラッセンが言う。
「僕のカードも読み込んでみてくれませんか」
「ラッセンくんのカードを?」
「はい。僕も似たような体験をしていたはずなんです」
 ラッセンもニアと同じようにカードを差し出した。確かに、ラッセンのレポートからニアの動向を探ることもできるかもしれない、と思い、マコモは受け取った。
「やってみるわ」
 カードを読み込むと、次はエラーもなく全ての解析が完了した。
「てかこれ、プライバシー……」
「セキュリティロックはあたしショウロのシステムを使ってるから大丈夫ですよ」
「そっか、色々すげーんだな……」
「……んん? おおーっ!」
 マコモが言うと、ニアは立ち上がり、画面を覗き込む。ラッセンのレポート解析により、ニアのレポートも少しずつ埋められてゆく。
「これはすごいわ! こんなこともあるなんて……! あの、もう少し時間もらっていいかしら?」
「え?」
「だってはじめてのことなんだもの、色々試してみて、じっくり読んで、必ず解決に導いてみせるわ。そうね……明後日までには、どうか」
「明後日、ですか」
「うん、解析が進んだとはいえすぐには出来そうになくて」
 ラッセンとステラも画面を見る。ラッセンとニアのレポートが相互作用しているとはいえ、そのペースは遅く、また文字化けしている箇所もある。
「イッシュは観光地がいっぱいあるし、どうにか宿屋も手配するから……明後日まで待ってくれないかしら?」
「いえ、むしろ願ったり叶ったりです!」
 思わずそう返したステラを、ニアとラッセンが不審な目で見た。ステラは、二人をまあまあ、となだめる。
「本当にありがとうございます。よろしくお願いします!」
「こちらこそ。あ、そうだ、ステラくんもトレーナーカード読み込んでってほしいな」 「へ?」
「だってできるだけ多くのレポートを集めたいんだもん! ブレーンのレポートなんて研究がはかどるわぁー」
 はしゃぐマコモを見て、やはり研究者というものはよくわからない、とステラは思った。

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