その塔は今にも崩落しそうなほど古かった。円筒型の塔の周りを渦巻く風が、塔の形を保ち、上へ上へと押し上げているような、そんな感覚がする。
「ここがリュウラセンの塔か……」
見れば見るほど名前どおりだ。ステラはひとり、中に入った。一階は一本道であったから、どこかに古代文字がないか気を付けながら先に進む。そして階段に足をかけた時、上の階に誰かの気配を感じた。
「先客か?」
「わっ!」
聞こえたのは素直に驚いた声だった。怪しい人ではなさそうだ、と自分のことを棚に上げてステラは思うと、すぐに二階へ駆け上がる。
そこにいたのは、ステラより数歳年下の少年だった。海のような青い目を真ん丸くしてこちらを見ている。
「地元の人?」
「いや! 俺はジョウト生まれホウエン育ちだ!」
「ほ、ほー。俺は生まれも育ちも港町……のステラ」
生まれも育ちも港町、だけではどうも落ち着かず、ステラはつい名乗ってしまう。
「ステラ、な。俺はハツ。上に向かってんのか?」
「まあ、一応」
ぎくしゃくした会話だったが、お互いを知ることができれば、このハツという少年はとことんステラに似たところがあった。聞けば、ドラゴンタイプのポケモンを極めているらしい。
「ほら、バッジもこんなに!」
「すげーっ!」
ハツの集めたバッジを見て、ステラは目を輝かせる。ステラは、バッジ集めの旅というものをしたことがないから、憧れもあったのだ。
「てことは、ハツって強いんだよな? バトルしてくんね?」
「え、いいけど。ていうかむしろしたい! ステラは強いのか?」
「こう見えても、サクハって地方でタワータイクーンの候補になった」
「ごめん、サクハ地方はわかんないけど、タワータイクーンってあれだろ、ホウエンにもいる! すげーじゃん」
「はは。じゃ、ここは狭いからまず上ろう!」
誰がこんな上りにくくしたのか、塔内はほとんど壁もなく、狭い道から足を踏み外せば奈落の底、という構造だった。ニアはともかく、生真面目なラッセンでもいれば発狂していたかもしれない、とステラは思う。
「こっちみたいだなー」
そんな中で、ステラとハツは、お互い競い合うように上っていった。
「そういえばステラ、この塔ってイッシュにいる伝説のドラゴンポケモンと関係があるんだよな? その伝説のドラゴンって知ってるか?」
やや広めの道に出たところで、ハツが訊いた。ステラは、以前イッシュに行ったというカグロの話を思い出す。
イッシュ建国伝説とともに語られる、双子の英雄。彼らの分裂と、真実を知る者につくレシラム、理想を追う者を支えるゼクロムの話。たどたどしくも、覚えていることを話すと、ハツは興味深そうに聞いた。
「へえ! 真実とか理想とかは難しいけど、二匹のドラゴンポケモンかぁ! なんかかっこいいな」
「そうそう、英雄に味方したってのも気になるし……ってハツ、落ちる落ちる!」
ステラが言って、ハツはすぐ足をひっこめる。話に夢中になって、足下を気にしていなかった。奈落の底から目を逸らし、二人はふう、とため息をついた。
○
膝を抱えるダイジュを見ても、バンジローは何も言えなかった。こういう時、ラッセンならば最適な言葉を投げかけられるのだろうが、バンジローは、彼のように器用にはなれそうにない。
ノーラとのバトルで、確かにダイジュは負けた。完敗だった。ノーラの強さは一応認めたのであろう、それでも、ブレーンになることが先送りされた悔しさを紛らわすことは難しかった。
「いるんだろバンジロー」
「……ああ」
「笑えよ」
「なんで?」
ダイジュ、真剣にバトルしたんだろ。
そう言えば彼の神経を逆なですることはわかっているから、バンジローは余計に居心地が悪くなった。ああ言えばこう言う天の邪鬼。それをわかったうえで、何か言われる前にもう一言付け加える。
「面倒なやつ」
「はいはいそうですねー」
「ノーラさん、強かったか?」
そう言うとすぐ、ダイジュははねるように顔を上げた。
「いち研修生として気になるだけだ」
「……まずフワライドが」
ダイジュはそこで一度言葉を切ったが、バンジローは無言で待つ。観念したように、ダイジュは続きを話し始めた。
「“小さくなる”で回避率を上げて、技が当たらなくなって。ようやく倒せると思ったら“バトンタッチ”でハピナスに交代して、ライチュウが不利になった。それでも相手の攻撃力を考えたら大丈夫かと思ってたら、あいつマニューラ持ってやがった」
終始機嫌の悪そうな表情であったが、話すにつれダイジュの語調は少しずつ和らいでいった。
「それは嫌な戦法だな」
「だろ!?」
そこでダイジュとバンジローは目が合う。しばしの沈黙の後、どちらかからともなく、小さく笑い出した。
「僕も戦いたい。ノーラさん、受けてくれるかな」
「先に対策練ったほうがいんじゃね」
「それもそうだな」
バンジローが立つと、ダイジュも黙って立ち上がる。互いに不器用でバトルもまだまだだということは、自分たちが一番よく知っていた。
くじさん宅ハツくんお借りしました。
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