Slide Show - 小千世界


 ノーラの体調を一番理解しているのはハピナスだった。目がほとんど見えないうえに、歳も重ねている。歩みを止めさせて一休みを促すのはハピナスの大事な役目だ。
「こんなによく育てられたハピナスを持っていらしたとは」
 ハピナスの様子を見て、ロダンが言った。
「昔の主治医にいただいたの。その頃はまだピンプクだったけれど、いつのまにか育ってしまってね」
 ピンプクをハピナスまで進化させようと思えばかなり骨が折れるはずだ。それもそのはず、ラッキーからハピナスへの進化条件はまだ解明されておらず、野生での進化例もない。
「四天王退任の時期が早まったのは少し残念だけど、この子やマニューラを活躍させてあげられるのは嬉しいわ」
「ゴーストタイプを専門としていましたよね、挑戦者はあなたのフワライドを恐れるという」
「ふふ、いい子なのよ」
 その微笑ひとつとっても、ベテランとしての貫禄がある。一旦会話が切れたところで、ロダンはここ数日で気になっていたことを訊ねる。
「そういえば、ダイジュ……彼はどうですか」
「無鉄砲だけど攻撃の一つひとつが力強い。上手く場をコントロールできるようになれば、もっと強くなるわ」
「そうですか」
「あの子とは正反対」
「あの子って?」
 ノーラはロダンのほうを向いた。目線こそ定まらないものの、サングラス越しの目は何かを思い出すように遠くを見ている。
「チャンピオンが見出した秘密兵器、ゴースト使いの四天王を継ぐ者。イゲタニシティのキュラスよ」
 ノーラは、キュラスと呼ばれたトレーナーについてゆっくりと話し始めた。まだ十代前半の少女であること、ほんの数年前四天王に就任したボリジやミーナより前から四天王候補として育てられていたこと、全体的に色素が濃くノーラの目にはほとんど映らないが、すでにカリスマとしての立ち居振る舞いがあること、頭の回転が速いが決定力に欠けること。
「……そばにいて指導することは叶わなくなったけど、キュラスは、鍛錬を怠らなければサクハを代表するトレーナーになれるはず」
「彼女のそばにいられず残念ですか」
「いいえ、ポテンシャルがあること、それはダイジュだって同じだわ。それに……今までは同じタイプのエキスパートとして鍛えておけばよかったのが、これからはあらゆるタイプやパーティに対応した育成を指導しなきゃならない。これはこれで楽しそうじゃない」
「そうですか、あなたがそう言ってくださると私も安心します」
 言って、ロダンは、いつか訪れるかもしれない二人の少年少女の出会い、そしてバトルを想像した。

 ○

 夕刻、リュウラセンの塔の屋上に着いたステラとハツは、約束通りバトルをしていた。旋風と技の両方に耐えねばならない、サーナイトのルリは苦戦を強いられていた。ハツのフルルと名付けられたフライゴンは、飛行タイプこそ入っていないものの硬い翼を持ち、風に乗るのは上手い。力比べは互角だが、条件はステラ側に不利であった。
「屋上戦といやぁルリしかいねーんだけどな……いやあきらめちゃ駄目だ!」
「サナ!」
「こっちもいくぞフルル、“地震”!」
「げ」
 よりによってこんなところで!
 旋風に上下の振動があわさり、サーナイトは立てなくなる。ステラ自身も地に左手を置きつつ、耐えてくれ、とルリを見て言うしかない。
 その時だった。
 土煙の中で、なにかが光るのをステラは見た。硬質な石に、細かく刻まれた……。
(文字?)
 そう思うやいなや、サーナイトは不思議な光を浴びて立ち上がる。サーナイトを、そして石を照らしていたものは上空にあった。月だ。
 目の前で何が起きているのか掴めないまま、サーナイトは光を増幅させ、フライゴンに放った。
「え、ルリ……ちょっタンマ!」
 その技はフライゴンの前で炸裂し、瓦礫をも吹っ飛ばす。その技を、ステラも、ハツも、ただ見つめることしかできなかった。

「フルル、大丈夫か!」
 ハツの声にステラははっとする。フルルと呼ばれたフライゴンは一瞬だけ笑い、場に倒れる。戦闘不能だ。ねぎらいの言葉をかけ、フライゴンがボールに戻される間にも、ステラはずっと空を見ていた。
「今の技は……」
「え、ステラもわからなかったのか」
「いやもう全く心当たりが」
「……なんとなく、“流星群”の輝きに似ていた、ような」
 ハツが挙げたのは、厳しい鍛錬を積んで習得できる、ドラゴンポケモンの必殺技だ。ドラゴンポケモンを持たないステラは、ほとんど見たことがない。
「なるほど、“流星群”……でもルリはドラゴンじゃないし。ルリ、もっぺんできるか」
 ステラが訊ねても、サーナイトは困惑した表情で首を傾げるだけだった。

 その後、文字の入った石板を探したが、その場にはなかった。どうやらサーナイトが吹き飛ばしてしまったらしい。
「あちゃー……でも、ま、いっか……いいバトルの代償と思おう! カグロのことは考えないでおこう!」
 ステラが気を取り直して言うと、いいバトルか、とハツが反復した。
「決めた! 俺、ここで修行するよ」
「えっ」
「だって、強い野生ポケモンもいるし。何より、ものすごいパワーに溢れてる気がするんだ、この場所」
「パワーか、なるほど」
 ステラは目を閉じ、耳を澄ます。ブレーンに内定する少し前から、理由はわからねど五感が研ぎ澄まされたステラだ。確かに、イッシュの伝説にまつわるスポットとしてのパワーを感じないこともなかった。
「じゃあ、オイラはルリの技の不思議を探る! そして」
 言って、ステラは小さな地図を出した。今住んでいる、サクハ地方の地図だ。
「また挑戦に来てほしい。三対三のルールで、またタワーの上でバトルしたい」
 ハツは地図を受け取り、まじまじと見つめる。そしてすぐに顔を上げ、
「その挑戦状、受けた!」
 と言った。

 塔を出てセッカシティに戻ると、ニアとラッセンはすっかりわらべ歌が気に入ったのか、ステラにも振り付けつきで披露した。しかし二人とも疲労していたため、布団に入るとすぐ熟睡する。ひょっとしたらニアは眠れないかもしれない、というステラの心配もなくなり、ステラも眠気に逆らわず寝息を立て始めた。


 くじさん宅ハツくん、引き続きお借りしました。フェアリータイプ黎明期。

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