六角形をしたイッシュの中心にあるのがハイリンクであった。
ここは不思議な力が集まる場所で、夢と現実を繋ぐ森、そしてどこか他の世界へと繋がる橋がある。
その場所で、最も狭い世界――“自分の世界”に、ニアとラッセンが飛びこんで二十分。森の奥に現れたアギルダーに、ニアは困惑していた。
「アギルダー……?」
ニアが言っても、アギルダーは仏頂面のままだ。ただ、ラッセンには、距離のとり方で迷っているように見えた。
「なんで。ここニアの森だよね? カブルモを返して」
「……」
「返して!」
「ニア!」
ニアがそのままアギルダーを掴もうとするから、ラッセンは前に立ってニアを阻止する。どっちにしろ、素早いアギルダーには避けられる。それでもここは自分が止める必要があると思ったのだ。
「ねえ、なんでカブルモじゃないの。ラッセンも一緒にいるから?」
「……アギルダー」
ニアを一度見て、ラッセンはアギルダーに話しかけた。
「得意技は確か“むしのさざめき”……」
言って、ラッセンはマンムーを繰り出した。
「放ってみ」
「……」
自分たち以外に誰もいないはずなのに、森がざわめく。その素早さに、ニアは一瞬で目を奪われた。
「思い出すには技を見るんが一番や! ニア!」
「……このスピード……」
ニアは、ざわめきの中に答えを探り出す。見たことがある。その技をヒントに、記憶を手繰り寄せ――
『やたー! アギルダー超速い、やばい!』
『……まあ、確かにレベルはまだまだだし。アギルダー、これからもよろしくね』
「よろしくね……?」
「黙っててごめん」
アギルダーの技に、マンムーは耐え抜いた。さきほどのざわめきが嘘のように、また森は静まる。ラッセンはまたアギルダーに話しかけた。
「タリア地方から目覚めの灯台の輝きで戻る時……本の中に存在するタリア地方でニアのポケモンになってしもうたから、二世界間の“ひずみ”に、君だけが置き去りんなってしもうた……僕はこう考えとう」
タリア図書館で言われたことを、ラッセンはずっと考えていたのだ。合宿で訪れたタリアとは、誰かが絵本として描いた理想を真実とした地ではないかと。だから、バンジローの言っていた“砂の民”も訪れ、そのまま理想の物語の住人となったのではないかと。
「アギルダー、恐れることあらへん。僕はちゃんと覚えとう……」
その言葉を受け、アギルダーはほぼ条件反射でニアに突進した。
「えっ……?」
ニアはそのまま、柔らかい草の絨毯に身を任せる。
「アギルダー……?」
触れて思い出す、新しい仲間として、彼を迎え入れたこと。
素早さにほれぼれしたこと。ダイジュのドンカラスには負けたが、バンジローのノクタスには勝てたこと。
無論全てを思い出せるわけではない。それでも、確かに夢ではない、身体で感じた空気を、感触を、温もりを、憶えている。
「カブ……じゃなかった、シュバルゴは、元気にしてるのかなぁ……」
「ニア」
アギルダーは、目を閉じて頷いた。自慢の鎧をとられた代わりに、自分は素早さを得た。距離が遠かろうが、わずかながら時間を共にした、友といえる存在だ。
「アギルダー」
ニアがふと横を見ると、ピンク色のモンスターボールが転がっていた。ニアと同じ色のボールだ、と思い、ニアはそれを拾って立ち上がる。
「おいで!」
夢と現実を繋ぐそのボールが開き、アギルダーは中に吸い込まれた。
○
二人の帰りを待つ間、ステラはずっと、中心に植わった苗木を見ていた。
「ハイルツリー……だよな? ツリーってほどでもなくね?」
「ほほほ。その木はな、冒険者の声に呼応するのだ」
「声?」
どんなものか、とステラは近づき、苗木に触れた。すると、苗木は大きな反応を示し、めき、めきと伸び始める。
「えっ……うおおっ!?」
ステラの視界には、伸びゆく苗木、そして首から下げている鍵が強く反応している様子がうつった。
――こんなこと、前にもあった。
いつの出来事か、目の前に超常現象がありながらも冷静に考える力があった。そして一つの結論に行きつく。
――鋼鉄島での出来事だ。
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