お前は感覚が優れている、かつてステラはカグロにそう言われた。
地図にない町で、はじめて二人がバトルしたとき。戦略を練り計算で戦うカグロは、羨望のまなざしでステラを見ていた。
カグロがイッシュに発ってからも、ステラはたまにそのことを思い出す。ポケトピアに出稼ぎに行って多くのバトルを見るなかで、病状が悪化した母は仕事を続けることが困難になり、ふたりでシンオウに移った時は貧乏のどん底だった。
(ずっと忘れていたのに)
最後の希望に手を伸ばすきっかけとなった友人の言葉。
そうだ、オイラにはまだバトルがある。そう思えたから、鋼鉄島での修行も続いたのだ。
突然ハガネールに通路を塞がれ、ルンパッパで応戦していたときだ。
“フラッシュ”を使えるサーナイトのルリを戦闘不能にされ、ステラの視界は暗かった。その中で、巨体ハガネールの動きを察知しなければならない。
「……くそっ……ほとんど見えねえ……」
手持ちを一匹倒されたこともショックだったし、ステラにとってハガネールとはあまり良い思い出のないポケモンだった。
また巨大な尾を一振り。ステラは、避けろという指示だけで精一杯だ。そのなかで、ルンパッパが跳んで避けたとき、ステラはふと、ハガネールと目が合ったと感じる。
「今……」
そうだ、感覚を研ぎ澄ませ。自分をこんな奥地まで踏み込ませたその言葉を思い出す。
(優れた感覚……)
ステラは暗闇を見据えて、二匹の声も、動きも、一旦忘れて立ち止まる。
「今だ! ルンパ、鍵を見ろ!」
ステラは、自身が首から下げている鍵を背中に回し、そのわずかな光をルンパッパに追わせた。自身はハガネールに近づく。
「この軌道だ、“ギガドレイン”!」
鍵を見せたところで、ステラ自身は地面に伏せる。ハガネールにとっては死角であるため、反応が遅れた。それを利用する。
「ルリの分までしっかり吸い取れー!」
ステラが叫んだ時だった。背後から強い光を感じたのだ。
「えっ……」
初めに気づいたのはルンパッパだった。しかし、ステラの言葉を信じたルンパッパはそれでも攻撃を続ける。ハガネールは徐々に弱る。
光はすぐに消えた。しばらく状況が呑み込めず空を見つめていたステラは、ハガネールが倒れた音と振動で我に返る。
「今のは……」
「ルンパパ」
ルンパッパは、ステラの鍵を前に戻す。
「これが?」
その問いに、ルンパッパは頷いた。
鍵はかつて父がくれたものだ、と亡きステラの母親が言っていた。父は嫌いだったが、他に光りものなんて持たないステラは、鍵だけは気に入っていた。
「なんの力だ……?」
ステラの言葉に、ルンパッパも首を傾げる。今は父も母もいない、もはや鍵の謎も解けない。
ハガネールのうめき声が聞こえ、まだ動けるのか、と驚いてステラはそちらを見た。すると、不思議なことに、さっきまでほとんど見えていなかったハガネールがほぼ全身見えるようになっていた。ハガネールだけでなく、ルンパッパもだ。そしてどこか遠くで流れる水音も聞こえる。五感すべてが研ぎ澄まされた、そんな感覚だ。
不思議な出来事だった。ハガネールはこれ以上襲ってこないと確信したステラは、そのポケモンに、古いボールを向けていた。
「昔小遣いで買ったやつ、の余り。オイラは強さを求めなきゃなんねえ、娯楽とかじゃなくて義務だ。だから強いお前を捕まえる」
ひどい言葉だと思った。昔別れたコロトックの笑顔がちらつく。
そのままボールを投げても、ハガネールは一切抵抗しなかった。ハガネールのおさまったボールを拾い上げ、ステラは、にやりと笑った。
「ルリとルンパは歓迎しねえかもな。なんせこいつは強くて……」
ステラがそう言うと、ルンパッパはすぐに首を左右に振り、自慢のステップを見せた。
「歓迎してんのか? そっか、お前らも野心家だしな……」
鋼鉄島に来て思ったこと。もともといた二匹も、とんだバトル好きだということだ。この調子だとサーナイトも喜んでくれるだろう。そう思ったステラは、ルンパッパ、サーナイトの入ったボール、そしてハガネールの入ったボールを順番に見て言う。
「ガネル。……家族としての、お前の名前だ!」
○
あの時以来の出来事だ。しかも今回は、鍵の光をしっかり自分の目で見た。
「おお……ハイルツリーが……」
老人の声で、ステラは我に返る。眼下の草原を見て、自身が何かの日陰に入ったことに気が付いた。見上げれば、さっきまではなかった木がそこにあった。
「ハイルツリーの苗木。たった一人の接触でここまで成長したのははじめてだ……」
「えっ、これあの苗木!?」
「そうだ。黒い幹と白い幹、重なり合って成長する。これは近いうちに、なにか大きなことがあるかもな」
マコモは言葉にならないらしく、黙って木を見つつも、気を落ち着かせ、ノートにメモをとった。
螺旋に伸びたハイルツリーを見て、ステラはリュウラセンの塔を思い出した。そしてもうひとつ、木そのもの。まず、謎の大陸の不思議な大樹を思い出すが、それではない。もっと、オーラが似た、写真でしか見たことがない――と考えを巡らせ、ひとつの結論に辿りつく。
憧れの地ロータの……“世界のはじまりの樹”だ。
「ひゃっはー! 戻ってくるのも大変だなんて」
木の向こうから少女の声が聞こえた。ニアだ。
「おや、おかえり」
「ニアちゃんにラッセンくん、二人とも無事みたいでよかった。……あら、ドリームボール! ハイリンクの森に行くとなぜかあるっていう……ってことは!」
「うん! 出ておいで、アギルダー!」
ニアが呼んだ名は、マコモが聞いていたポケモンとは違った。アギルダーはボールから出て、すぐそっぽを向く。
「あー、なかなかシャイなやつで」
「あれ、カブルモじゃなかったの? 確かにカブルモと関係あるポケモンではあるけど……」
「それについては、あとから僕から」
「えっ本当に!? いきなりこんなトレーナーに出会えるなんて私ついてるわー! 研究がはかどるー」
マコモが普段より高い声で言うと、その場の全員が笑った。
マコモに一通りの報告を終え、三人はサクハに戻った。Cギアはそのまま貰えたが、サクハ地方で使用するなら、軽い改造が必要だ。それを聞いたロダンは、すぐにサクハ地方のパソコン管理者、カラジに了承を経て、Cギアを送った。
もやもやが晴れたダイジュと、新しい環境でバトルを楽しむ決意をしたノーラは、三人が帰る日の朝に少しだけ話した。
「ノーラ……さん」
「その声、ダイジュくんね」
「俺にもっと教えろよ。戦略とか、采配とか……」
ためらいがちにダイジュが言った時、ノーラは、彼の金髪を撫でた。
「な、何しやがる!」
「私にも教えてほしいの。あなたの見ているこの世界」
なかなか複雑な言葉だと思った。それでも、目がほとんど見えないことも含め、ダイジュはノーラの全てを尊敬できると思った。
だから、届くかはわからないが、満面の笑顔で頷く。そしてダイジュが見上げると、サングラスごしに、ノーラの目は笑うように細まった。
ここでブレーンと研修生たちの、ナズワタリ遠征、タリア合宿、そしてイッシュ旅行は終わり、その後はフロンティアの開業準備に奔走することとなった。
ここから、物語は七年ほど遡る。
「つかま……れっ……」
「大丈夫、あと少し……、って、待って、待ってー!」
サクハ地方、ハツガタウン。
のちにサクハ史をも変える三人が、この時、壮絶な出会いを果たしていた。
Slide Show 古今東西/処女航海/小千世界
Fin.
本編に至る、長い長い前置きが終わりました。書いている期間も本当に長かった。
ハイリンクのあれこれやステラの話はまたいずれ。読んでいただいてありがとうございました。
140530
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⇒ポケットモンスター ボルケーノ/アイスバーグ