兄の勝手な行動に、妹キュラスは常に不安そうな表情をしていた。
「ねえ、こんな見ず知らずの人たちに……」
「いいじゃん、はじめて会った人はみーんな悪い人、って考え方はいけないぞ」
「でもさー……」
「ははっ、まあ、私たちが怪しい人だと思っても当然だろう」
「キュラスが言ってるだけだから気にすんなよ、ドク、カラジ!」
 もうお互いに紹介は済ませてある。兄のラナンは、年上のドクとカラジとも気さくに話した。
 彼ら第三移民は北サクハ系で、母語である後期北サクハ語に敬語の概念がないということを、カラジはドクから教わった。社交的で、気取らない自然体としてのラナンを、二人ともすぐに気に入った。
「ここだよ、パソコンはあの集会所にある」
「なるほど……ポケモンセンターじゃなくて集会所か。このあたりのインフラ整備はなかなか進まないな」
「どうかした?」
「いや、なんでもない。それで、パソコンのことなんだが」
「そうだったな! おーい、バオじーさん、お客さんだぞー」
 ラナンが、未舗装の道を歩いていた老人を呼び、手を振った。
 バオと呼ばれた老人はドクとカラジを見て、早足でこちらに向かってきた。
「ほら、久しぶりの――」
「帰ってくれ」
 バオはそれだけ言う。思いがけぬ言葉に、ラナンは言葉を返せなくなる。
「ここは南方の者が来る場所ではない。おれたちは静かに暮らしたいのだ」
「私がここへ来たのも、この地の平安のためだと言えば?」
 バオはきつく言い放ったつもりだったが、ドクは取り乱すこともなく返した。
「……信用できんな」
「それでは、多くの運動を指導し、また汚職の連中を叩きのめしているトレーナー、ドクは知っているか?」
「……? ああ」
「それが私だ」
 そう言って、ドクは自分のトレーナーカードを見せた。
 今度はバオが黙る番であった。ラナンは二人を見比べる。
「ほんとだぞ、こいつ、ドクって紹介したぞ」
「第三移民のほとんどは私の行動を理解してくれていたはずだが」
 バオはドクと名乗った男を、頭からつま先まで見た。確かに、ドクの革命運動に同行した者が言った特徴のとおりなのだ。
「わかった……パソコンを貸す」

 パソコンの部屋には、ドク、カラジ、そしてラナンとキュラスの兄妹がいた。
 セキュリティに関わることだから、と大人たちをドクは説得した。それについても言い合っていると、バオの友人がドクに助け舟を出したのだ。
 早速、ドクはマントの内ポケットから取り出した、ケーブルやアダプターをそのパソコンに取り付けた。
「ドク、何を……」
 外側を触られると思っていなかったラナンが不安がる。ドクは手元の端末のボタンを長押しし、接続を確認する。
「はい、あずかりシステム接続完了っと。……あいつが入れたポケモンは……」
 ドクは、ナナメ読みをするかのごとくボックスのポケモンを見ていく。同じ種類のポケモンがたくさんいたり、進化形まで全て揃っていたりするそのボックスは、まるでコレクターのボックスのようだ。
「……こいつか! ははっ、ケンタロスの「カンちゃん」……いい名前だ」
 ドクはケンタロスを一旦引き出すことにした。ドクが持っていたチューブからモンスターボールが出てきて、ラナンとキュラスは驚愕した。
「よし、カンちゃん、私だ、ドクだ。その碑文をくれ」
 暴れ牛ポケモンと呼ばれるケンタロスでも、ドクには従順だった。
 “碑文”を受け取り、すぐにしまったドクは、またケンタロスをボックスに転送する。
「……ドクさん」
 その様子を見たカラジが言った。
「それを使って、ポワルンとエネコもどうにかなりませんか?」
「……どうにかしたいところなんだが、恐らくポワルンの持ち主は自分のボックスを持っていないだろう」
 カラジはその点に気付くとともに、少しがっかりした。
「第三移民や先住民にはボックスを貸さないセンターもあるからな。一応、このシステムの基礎を作った私としては遺憾なのだが」
「えー、それひっでー!」
 ラナンが言った。
「そうだろう。そう思うのは大事だ」
 ドクはパソコンを閉じ、一旦外に出た。
「“ポケモン預かりシステム”を利用できる基本的なことはしておいたが。そのままにしておくか片付けるか、どっちがいいか?」
「預かりシステム、か」バオが確認した。
「一応管理者は私なのでな。この町も第三移民冷遇で使えなかったんだろう」
「……わかった。まだ使うことはないかもしれんが、そのままにしておいてくれ。感謝する」

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