ポケモンたちの目覚めは早い。
 野生ポケモンたちが声をあげはじめると、カラジも起きてしまった。
 ドクはすでに起きて、マントまで身につけている。
「よく眠れたかい」
「正直言うと、あんまり……」
「ははっ、だろうな。大丈夫か?」
「はい、それは」
 外から聞こえるポケモンの声には、まるで生まれたばかりの赤ちゃんのような声もあった。
 それを聞いて、カラジはずっと一緒にいた弟のことを思い出す。
「エネコ……」
 消え入るような、悲痛な声をもらす。
 チャービルを信用していないわけではないし、むしろチャービルの元にいると考えると安心ではあるが、やはり会えないと寂しい。
「……必ず会わせてやる。仲間と会いたいのはポワルンの持ち主だって同じだ」
 ドクにそう諭され、カラジは腕で涙を拭く。
 しっかりしなくちゃ。
 少年の目は、今日も輝いている。

 統一サクハへの道
 五の記憶:「伝説でありながらも最も近い存在と出会うために」


 ヒウメシティに戻った少年少女三人は、吹っ切れない日々を送っていた。
 なにか行動したい。だが、迂闊に動くことができない。
「ねぇ」
 ユッカが言った。
「カゲミシティのジムリーダーって、どんな人? その人も試験なしで入ったのかな?」
「……知らないなぁ。調べる方法ってないかな」
 それはチャービルも気になるらしく、返事をしながらパソコンのスイッチを入れた。
「試験なしでジムリーダーになることってできるの?」
 アフラが問う。
「ああ……コネってやつだな。身内で固めたりとか、そんなん。他の地方にはほとんどないことが、このあたりでは当たり前のようにされてるよ。全員が試験受けてないってわけでもないけど、試験は先住民や第三移民は受けられないし。強い人なんていっぱいいるのにな」
「そうなの……」
 先住民一派の天の民であるアフラは、それを聞いて落ち込んだ。
「試験で通ったジムリーダーに発言力はない、って話もある……ネットの噂にすぎないけどな」
「せっかく試験やってその人をリーダーにして、試験やってる風に見せかけても、ネットじゃこれだから。まず今のチャンピオンをどうにかしたいわ!」
「ユッカ……それが出来れば苦労しないだろ……ん?」
 インターネットが開き、ホームページに設定してあるニュースサイトにトップニュースが並ぶ。その中に、「四天王、行方をくらます」という記事があったのだ。
「全員?」
「ちょっと待て、今読んでる」
 今の四天王といえば、ノボリギ、ブローリー、ホウセン、ノーラの四人だ。
 写真も見たことがないが、リーグを離れることがない、よき四天王だと紹介されている。その四人がなぜ。
「昨日の晩に、まずホウセンとノーラが行方をくらましたらしい。ってことは、ノボリギ、ブローリーの二人がその二人を追いかけてんのか……?」
「なんで?」
「なんでって」
 チャービルは困惑した。疑問は次々に湧いてくる。
「……このニュース、流したの誰だ?」
 そのニュースの末尾には、ライターの名前の代わりに、ライターへのメールフォームが設置されていた。

 刹那、ばん、と勢いよく扉が開く音がした。
 大部屋にはチャービルもユッカもアフラもいるし、タネボーやエネコはドアノブに届かない。
 となると、玄関の扉が開いたことになる。
「チャービル! いるんだろ、出てこい!」
 がなり立てるような声が聞こえたが、当のチャービルは声の主に覚えはなかった。
 空気が凍りつく中、チャービルは恐る恐る階段をあがった。
「僕がチャービルです。なにか用ですか?」
「それがニュースサイトを持つ者の態度か! 統一勢力に有利なニュースばかり流しやがって……!」
 待っていたのは、深い赤色の髪をスポーツ狩りにした大柄の男だった。
 チャービルは危機感を持ち、左手でユッカとアフラに合図する。危険だ、隠れろ、と。
「僕がしているのは真実の報道です。それが損なわれているのなら話は聞きますが、単なるあなたたちの都合であれば」
「うるさい!」
 男はずんずんチャービルに迫る。その勢いに負けてしまい、チャービルも後ずさりした。
 やがてチャービルの肩を持ち、わけのわからない言葉をぶつけてくる。かなり強いなまりで話している。
 大部屋まで降りると、男はユッカの後姿を見つけ、その右腕を掴んだ。
「ユッカ!!」
「えっ……」
「やっぱりぃ。君がユッカちゃんか。わかるかい? ボクチャンはねー……」
 男は急に猫なで声になった。チャービルへの態度とは大違いだ。
「ユッカ! この男は誰なんだ?」
 チャービルもユッカの手を掴み、男の手を振りほどこうとするが、男の握力はかなり強く、振りほどくことはできなかった。
 ユッカより肌の色がピンクだから、ユッカと同じシラミツ島先住民ではなさそうだ。ユッカは恐る恐る口を開いた。
「ジム、リーダー……スイバさん、シラミツじまの」
「なんだって!?」
「よかった、知っててくれたんだねぇ」
 男は、余った手でボールのスイッチを押す。出てきたのはドクケイルだ。
「じゃあ、こうしようか。君がサイトを閉鎖しないと、ドクケイルでユッカちゃんを一突き。どうだい?」
「僕は真実の報道を」
「今になってもそれを言うか!!」
 その怒鳴り声に、ユッカは小さく悲鳴をあげる。ドクケイルはすぐ隣だ。よく鍛えられているらしいそのポケモンに突かれると、一気に身体に毒がまわるだろう。

 一方、アフラは奥の部屋に逃げることに成功した。
 ユッカが少し逃げるのに遅れたのは、パソコンを持っていったからだ。男がユッカの腕を掴んだ時、落ちかけたパソコンをアフラがしっかり受け取って、そのまま小部屋に忍び足で入り込んだのだ。
 男はまだ自分の存在に気付いていないだろうし、パソコンの光も大部屋からは見えないところにいる。
 今この状況を打破できるのは、自分しかいないのではなかろうか?
 アフラは考えた。とにかく、助けを求めなければ。
 ただ、パソコンなどほとんど使ったことがない。チャービルとカラジがどう使っていたかを思い出しながら、メールフォームを開き、指一本で文字を入力する。
「助けて」。
 慣れないアフラにはこれが精一杯だった。そして、問題はこれだけで終わらない。
 誰に送信するか。
 アドレス帳を見てもさっぱりわからない、やっぱり私じゃ無理なのか――そう思った時、開かれていた別のウィンドウの存在を思い出した。
 ニュースサイトの末尾のアドレスをクリックし、表示されたアドレスに、本文を送信した。
「送信しました」という表示が残され、アフラはひとまずほっとする。それでも汗はあふれるばかりだ。
 本当に届いているのか、受信者はいつこのメールを見るのか、そして助けてくれるのか。
 不安要素は残るが、ポケモンを持たない今のアフラは、息を殺して希望を待つしかなかった。

 ヒウメパソコンクラブのメンバーがニュースサイトを見ていない間に、この地ではまさしく激動が起ころうとしていた。

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