「みゃお……」
 足下から声が聞こえた。桃色の小さなポケモン、エネコだった。シッポが焦げたようだが、致命傷は免れたらしい。 「下にお前のトレーナーが?」
 ライラックは瓦礫を持ち上げて言う。エネコは首を横に振って否定を伝える。だが、なんとか自分でも瓦礫を持ち上げようと踏ん張っている。その隣でハブネークが火を消そうと、尻尾をばんばん叩いていた。
「私のもう一匹のポケモン……ラフレシアか、草タイプだと不利ね……」
「あの、大丈夫ですか!?」
 その騒動に気付いた夕焼け色の髪の青年がその瓦礫に近づいてきた。
「ちょっと、危ないよ!」
「大丈夫です。熱に耐えられるグローブならあります!」
 彼はグローブをはめ、慣れた手つきで瓦礫をよける。
「おい、声を! 声は出せるか!」
「た、たすけて……」
「そこだな、今どける!」
 その声の主はスイバであったが、ライラックも引き続き瓦礫よけを手伝った。

 再会!

 まずはじめに助け出されたのはチャービルだった。
 荒い呼吸を整え、お礼を言おうとしたその時、目の前にいる人を見たことがあると思い出した。
「お前……!」
「ああ、君、いつかの……」
 忘れもしない人だった。いつかの、「報道か救助か」で揉めた相手だ。
「ってそんな場合じゃない。ユッカー、アフラー、今助けるぞ!」
 チャービルも一緒になって、瓦礫をどけ始める。ペースはライラックたちのほうが速いが、自分もせずにはいられない。その前に麻痺状態になっていたし、力なんてほとんど残っていなかったが、助けたい仲間のことを思って、歯を食いしばる。
「……撮影しないんだな」
「するかよ! だって仲間が……あっ」
「つまりそういうことだね」
 夕焼け色の髪を朝焼けに溶かし、彼は続けた。
「君はそれでいいよ」
「……名前、きいといてやる。オレはチャービル」
「俺はリンドだ」

 お互いが名乗ったその時、炎が大きく燃え上がった。
「あっちの木に燃え移ったのか! くそうしつこいな!」
「なんとか水が……水があれば」
 その時のヒウメは、まるでもぬけの殻のようだった。人っこ一人見当たらないゴーストタウンだ。ライラックには理由がわかったが、ここで言うわけにはいかない。
「あまごい……」
 瓦礫の下から声が聞こえてきた。
「えっ、アフラ!?」
「あまごい……」
「それポワルンの技だろ? ポワルンは今ドクさんのところにいるんだ、辛いのはわかるけどっ……」
「待って! 今、ドクって言った?」
「え、はい」
 ライラックはベルトからボールを引き剥がし、親指に力を入れてボールのスイッチを押した。
 シールの力によりしずくがはじけて、出てきたポケモンは、チャービルが言ったポケモン――ポワルンであった。
「えっ、ポワルン!? どうして」
「お願いポワルン。あなたの主人を助けるために、言うことをきいて。……“あまごい”」
 ポワルンは天を仰いだ。乾季の大地に、潤いをもたらすべく、高い声をあげた。
「ポワワー!」
 コンクリートの町に雨が降り注ぐ。ボーマンダの炎をみるみるうちに溶かし、場の人々を癒した。
「アフラ! ポワルンがいたぞ!」
「えっ」
「だから……だからもう少し踏ん張れっ!」
 それからはスピードも格段にあがり、まず大部屋にいたユッカとスイバ、ドクケイルを助けた。あとは小部屋にいたアフラだけだ。
「ポワワー!」
 アフラの頭が見えると、ポワルンもなんとか瓦礫をよけようとする。
 やがてアフラは瓦礫からよろよろと右手を出し、ポワルンは頬を手のひらに擦りつけた。
 ああ、温かい。
「ポワルン……」
 リンドが最後の瓦礫をよけると、アフラはとっさに、ポワルンを抱きしめた。
 ぎゅう、という程度でなく、ポワルンが痛がるほど強く。

 倒れそうだったし、死すら覚悟した。
 絶望の境地の中、ポワルンがくれた水を浴びた。

「ありがとう……会いたかった」
 その少女とポケモンを見て、撮影する者も、瓦礫から降りてくれと言う者もいなかった。

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