「待ってたぞ」
「よくたどり着きましたね」
 海底に着いたドクもといラドナとカラジを迎えたのは、中年男性と年配の女性だった。
「ホウセンさん、ノーラさん」
「私たちもここに着くのは大変だったんですけどねぇ。若い二人に追いかけまわされて」
「ダイビングしてしまえば、もう大丈夫だったがな。ところでラドナ、なぜマントを?」
 ホウセンに言われ、ラドナは照れくさくなり、またマントを羽織った。
「碑文を」
「はい」
 ラドナは、ケンタロスのカンちゃんから受け取った碑文をホウセンに渡した。
「あとはこの碑文が道を照らすだろう……ノーラは戻るようだが、ラドナはどうするのだ?」
「私は……カゲミに向かいます。来る統一のために、チャンピオンになるために」
「わかった。では私と……君はどうするかね?」
「えっ」
 思わぬ話の振られ方をして、カラジは戸惑う。
「どうやら、君の家族もここにいるようだが」
 そう言ってホウセンはホエルオーの方を見た。この不思議な海底空間の中、ホエルオーは身を休ませている。
 そのホエルオーの上で、見慣れた桃色の尻尾が揺れた。
「エッ……エネコ!?」
「みゃあ!」
 カラジが呼びかけると、エネコはいつものように愛想よくないた。
 ホエルオーの柔らかな背中を少しずつ歩き、こちらへと向かってくる。
「ホエルオーって大きいから全然気付かなかった……ホエルオー、エネコのこと守ってくれてありがとう」
 最後はカラジも歩み寄り、しゃがんでエネコを抱き上げる。
 一番喜ぶ頭を撫でて、自分の鼓動と近づける。
「全く、ここまで来ちゃうなんてね……」
「みゃーお」
「揃ったようだな。では行くか」
 ホウセンのその言葉が自分に向けられていることに気付き、カラジはまたしても動揺した。
「アフカスとの出会いの瞬間、少年たちの視点からも見ておくといい」

 ふとした瞬間の回想

   ホウセンとカラジ、そしてエネコは海底洞窟を進んでいった。
 途中強い野生ポケモンに出くわした時は、ホウセンのボスゴドラが打ち負かす。それほど強くないポケモンなら、エネコにも倒すことができた。

「さて、ここからだ。本来この道はポケモンリーグに通じているのだが、アカガネ山最深部に通じる別の道がある。普段は立ち入り禁止なのだが」
 ホウセンは鍵を取り出す。暗闇では見えないような、ひどくさびた鍵であった。
「この場の管理を任されているのは私なのでな」
 そう言ってホウセンは、これまたさびた錠に鍵を差し入れる。想像できないほどそれはすんなりと回転した。
「さあ、進もう。これからが本番だ」

 不思議な碑文だった。
 石版に刻まれた文字は、現代に生きる移民カラジには読めない。それでも、文字は光り、進みゆく者に行き先を教えるのだ。
「思ったとおりだ。アフカスは子供ほど拒絶しない」
「えっ、どういうことですか」
「君とエネコだよ。最近はアフカスも、見守るとはいえ、大人たちを警戒しているようだからな」
「なるほど……ちょっと残念ですね」
 そこまで話したところで、碑文はより青白く光りだした。
「アフカスが近い……この階段を降りよう」
 その階段はまっすぐ伸び、また勾配も急であった。いつ、誰が、なんのために作ったものなのか、そもそも人がつくったものなのか――多くの謎を残す場所である。
 ふと、自分の横をなにかが通りすぎた。カラジの明るい緑の髪がなびく。
 また、正面でもなにかが待ち構えていた。
「このポケモンは……」
「ルナトーン。背後にはソルロック」
「みゃおっ!」
 狭くて身動きが取れないボスゴドラのかわりに、エネコが臨戦体勢になる。
 それに合わせ、ルナトーンが“念力”をかけてきた。
「みゃー!」
「エネコ、そいつは強い! お前には無理だ……」
 そこまで言ったところで、エネコにはなにも聞こえていない。悲壮感というものが全くないのだ。
 敵に悠然と立ち向かうエネコを見て、カラジも意を決する。
「エネコ、……メロメロ!」
「みゃあーおっ」
 エネコは、ルナトーンに自分に夢中にさせるハートを飛ばす。だが、ルナトーンに効いた様子はなかった。
「え、なんで!?」
「ルナトーンもソルロックも、性別という概念を持たないとされるポケモンだからだ」
「そんな」
 これにはエネコも動揺した。
「よく考えるのだ。二匹ともタイプは岩・エスパー……これまでのバトルでエネコも幾分かレベルが上がっているはずだ、勝機は必ずある!」
 そうだ。
 呼吸を整え、カラジは目を見開く。
「勝機はある。歌って、エネコ!」
 相手を状態異常にさせるもうひとつの技を、エネコは放った。
 暗い階段にエネコの歌声が響く。それはルナトーンだけでなく、ソルロックまで眠らせた。
「そのまま尻尾で往復ビンタ!」
 エネコは自慢の尻尾を振り回す。威力が低い技でも、二匹ともに与えることができれば、ダメージの蓄積が大きい。 「目が覚める前に終わらせたい……!」
 だが、ことはそう簡単にいかなかった。ソルロックが目覚めたのだ。
 ソルロックは見えもしない天の方向を見て、目の前に宇宙を描いてみせた。コスモパワーだ。どうやらルナトーンの目覚めを待っているらしい。
 やがて、ルナトーンのまぶたがぴくりと動いた。
「エネコ、体勢を低く!」
 エネコは黙って体勢を低くした。だまし討ちの前兆だ。
 ルナトーンが目を開き、ソルロックが下を向いた時、エネコは思いっきり壁を蹴って、覚えたての技を放った。
「みゃおーっ!」
「いいぞ、悪タイプの技は二匹には効果抜群だ!」
 勝利を確信したその時、ルナトーン、ソルロックは階上へ逃げ始めた。
「ああ!」
 エネコの技に飛び道具を使うものはない。追いかけるすべもなく、二匹を見るしかなかった。
「倒したかったなー……」
「そうだな……だが野生ポケモンというのも気まぐれで……お、おい」
 ホウセンがエネコを見る。エネコの身が光りだしたのだ。
「えっ、エネコ……?」
「そうか、ルナトーンの月の石としての力が、ソルロックのコスモパワーによって増幅され……残留エネルギーがエネコに影響を」
「えっ、えっ」
 ホウセンの冷静な分析とカラジの戸惑いの中、エネコは進化を遂げた。
「ふみゃー!」
「……進化したんだよ、エネコロロに」
 エネコロロは、慎ましく、また人なつっこく、カラジの膝に頬をすり寄せる。
 ああ、とカラジは納得した。

 こうやって、大人になっていくんだ。

<五の記憶・了>

⇒NEXT