小さなかみさま


 なんのアラームも設定せず、俺は心のままに起床する。太陽はすでに高かった。
 さて、今日も、とモンスターボールのスイッチを押す。
 生活の中にピッピが加わってから五日が経った。
 俺が起きた時、ピッピの大好きなブラッシングタイムが始まる。俺がどれだけ規則正しくなく、起きる時間がバラバラでもピッピは文句一つ言わなかった。
「ピッピー」
 前のカールを整えてやると、ピッピは恍惚の表情を浮かべる。
「それじゃ」
 俺はまたピッピをボールに戻した。最近気がついたことなのだが、ポケモンはボールに入れておく時間が長ければ長いほど、腹が減りにくくなるのだ。
 特にマイナス効果も見つかっていないため、俺はできる限りピッピをボールに入れていた。
 そう、できれば、ブラッシングタイム以外でピッピを外に出したくなかったのだ。
 だが、実際それを続けることは難しかった。

「おい」
 すっかり太陽も沈んだ中、「神」はひときわ輝いて見えた。
 全く、なんでトバリゲームコーナーはピッピのような呑気そうなポケモンをボーナスステージのシンボルとしたのか。
「ピッ?」
「見てるだけだ、返事しなくていい」
 ボロ小屋とはいえ、基本的にボールに入れっぱなしにして、たまに出してブラッシングしていれば、けづやだって良くなる。
「ピッピー」
 ピッピは甘い声でなく。椅子に座っている俺の膝に抱きつき、上目遣いでまたピィとないた。
「お前、ひょっとして」
 わかってんのか、お前の運命が。
 そう言っただけで、そのむかつく面のポケモンの表情が曇った。
「……」
 俺は何も言えなくなった。このピッピは、俺が思っていたよりずっと頭がよかった。
 その表情を見るのに耐えかね、俺はそっと右手を添えた。ピッピがこちらを向く。
「どこにも、やんねぇよ。ただし、俺といても不幸になるだけだがな」
 ピッピの瞳が潤む。今までピッピがどのような道をたどってきたのか、なにも持たない俺には知る術もない。だが、俺は予想以上に頼られていたらしい。
 そのままうずくまり、ピッピを強く抱きしめようとしたその瞬間だった。
 ピッピの耳がはねたのだ。
 ピッピの耳はよい。ピクシーに進化すれば、一キロ離れた場所で落下した針の音を聞き分けられるようになるくらいだ。
 そのピッピを見て、俺はなんとなく嫌な予感がした。
 ピッピは黙って西を指す。その機敏な動きはボーナスステージのピッピそのものだとか一瞬考えたが、焦った表情を見て腰を上げた。
「あっちに行けと……」
 ピッピは頷く。俺はピッピを抱きかかえ、小屋を出て西へと走った。
「あ、あいつ逃げたぞ!」
 よく知った人の声がした。密猟団の一人の声で間違いない。
「追いかけろ!」
 なぜ追われているのか考えるところまで頭が回らないまま、俺は全力疾走した。トバリのネオンや絶えることなき人の流れすべてが無数の線に見えた。

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120615