無一文同士


 またしても無一文。
 そろそろ父も自分を見放すのではないか――と思いを巡らすと、ネモロは身震いした。
 ネモロは勘だけは良かった。そしてそれは、やはり父に電話をしてわかった。
 もうお前に金は貸さん、と、不動産会社の社長である父にはっきりと言われた。
 無一文が生きようともがいた結果、どうなるか。「すべての最底辺」であるポケモントレーナーになるしかない。
 ポケモントレーナーなど下の人間がなるものだ、と父はいつも言っていた。特に旅でもしようものなら、きつい、汚い、危険の3Kが伴う。
「はぁ……困った。トレーナーになったって、いつからバトルに勝てるようになるか」
 品が良いが容赦のない父とは反対に、ネモロはおおらかでのんびりとしていたし、いつも天然パーマを爆発させていた。普通に町を歩いているだけでは、どこぞのおぼっちゃんとはまず見られないであろう。
 どうせ最底辺になるんだ、僕もいつかあんなふうに――
 と、トバリシティの裏道をちらっと見た時だった。
 黒いスーツに身を包み、また右頬から血を流していた男性と目が合ったのだ。
 そのきつい視線を受け、ネモロは声が震える。
「だっ、だだだだだだ……」
 だがネモロは逃げようとはせず、むしろその男性に向かっていった。
「大丈夫ですかぁ!!」
 そう言って彼の頬に触れた途端、ネモロは青ざめた。自分は何をしているんだ、こんな怖そうなおじさんに!
 しかし、男性のほうは力を抜いて言った。
「……ああ」
 男性が大丈夫そうなこと、また自分に身の危険はなさそうであることがわかると、ネモロはほっと胸を撫で下ろした。傷ついた人間はほうっておけない性ではあるが、ここまでだったとは、と考え出すと、そんな自分を誇れるのか誇れないのか、と思い出す。
「よかったー! これ、塗り薬、なまら効くべ」
 ネモロはそう言って、半分ぐらい減ったチューブ型の塗り薬を差し出した。しかし、男性が受けとることはなかった。
「いや、俺よりも……」
 男性は二つのモンスターボールを出す。二つとも傷だらけだ。
「ポケモンだね! したら一度広場に……」
「いや、ただ裏道のみを通ってポケモンセンターにさえ行ければ」
 そう言って彼は頬の傷を押さえる。確かにこんな状態で大通りにでも出てみれば、不審がられるだろう。
「んー、でも、センターのあたりは大通りばっかりだし……ん、やっぱ僕の薬使っていきなよ!」
 普段バトルなどしないネモロでも、一番安い傷薬程度なら持っていた。
「いいのか」
「早く使いなよ」
「すまない」
 男性はドンカラス、そしてピッピを出して、傷口にそっと傷薬を吹きかけた。
 体力的には休養が必要そうだが、大体の傷は塞がった。ただ、ドンカラスの左頬の傷――男性の右頬と似たもの――だけは消えなかった。
「で、どうしたのさ。あんたもポケモンたちも傷だらけで……」
 ネモロはまたチューブを渡す。
「傷薬を分けてくれたことには、礼を言う。だが事情を話す義理はない」
「えー、大丈夫だよ、僕も今、無一文だし」
「……?」
「なーんにも持ってない、ゼロ、ゼロ! あんたから話を聞いたところで、減るものはないけど増えるものならあるかもしれないべ。笑わないからさ、話したらすっきりするかもよっ」
 そう言って、ネモロはピッピに似たつぶらな瞳で笑う。
「……それじゃ――」
 発泡スチロールでできた箱の上に座り、ツワルダーはさっきまでの出来事を話し始めた。

「すげー……」
 話が終わると、ネモロは無表情のままそう言った。
「いいなぁ、その強い意志! なんかポケモンまで可愛く、そしてかっこよく見えてくるべ!」
「そりゃどうも……」
 予想外の反応に、ツワルダーは返事に困った。
「はぁー。僕とはなんか色々全然違うなぁ」
「無一文であることは同じだろう。お前も何か話すことはないのか?」
「えっ」
「話していけ。お前から話を聞いたところで、減るものはないが増えるものならあるかもしれない」
「えー……」
 さっき自分がかっこつけて言ったことを繰り返され、ネモロは照れながらも事情を話し始めた。

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