雪どけの西ナズワタリ


 ようやく雪も溶け、ガラムタウンに春が訪れようとしている。
 その町を覆い尽くす粗末な小屋にはそぐわない若者二人が、東方の地から取り寄せた茶を嗜みつつ話していた。
「何それ、つまり別の地方に行くっていうの」
「そういうことだ。私設のジム作るったって、説得力がなければすぐ潰れる。ジムリーダーが、どっか有名地方のリーグで成績を残せば、ネームバリューも増すってもんだろ」
 彼らは、濃い色の髪を持つ、肌の薄い男女であった。寒冷なナズワタリ地方での、典型的な外見である。
「へえ、それで、ガルムジムのコトヒラ、どこそこリーグ優勝……と、宣伝するわけね。でも、官営ジム計画に先回りされたらどうするの?」
「どうせ国庫に金なんかねえよ。それに、こっちが先回りする立場さ。ったく、ボンビーな市民抱えまくって、ジムの前にすべきことなんか山ほどあるだろ」
 コトヒラと呼ばれた、まさに少年と青年の間といった出で立ちの男は、木製の扉を開いた。
 外から、夜明けの春の光が差し込むが、同時にガルムの貧民街をも、女性の瞳に映した。
「こんな光景なのに、あと一時間もすると町に笑顔が溢れるんだから不思議なものよ。貧しくも幸せ、それがナズワタリだものね。ジムも、天下りの役人に易々とやらせるわけにはいかないわ。コトヒラ、あなた口は悪いけど、言ってることは正論よ」
「お前もなかなかの毒舌だとは思うがな……」
 大貴族の息子は、幼馴染の女性を見て、軽くため息をついた。

 そのまま外に出たコトヒラは、自分たちが入っていた小屋を見つめる。それから、女性を手招きした。
 二人で、私設ジム計画を立てた時に使った廃屋が気に入って、それからずっと使っている。コトヒラの家で話し合うという選択肢ももちろんあったのだが、使用人の目がどうしても気になってしまうのだ。
「ミオは、俺が別の地方に行ってる間、暇?」
「暇って、何を根拠に。私は各地から同志となりえそうなトレーナーを集めて、ジムを作らなきゃいけないのに」
「んー、だから、そのついで。ミオさ、建築とかデザインとか得意そうだから、ひとまずこの廃屋買って、ジム一件建てて」
「ついで、という割には、なかなか無茶なお願いねえ」
「俺にデザインさせる方が無茶だと思わないか」
 コトヒラは、そこで無邪気な少年のように笑った。ミオは口を歪めつつも、承諾した。

 それからのコトヒラといえば、ツーリストからパンフレットを抜いてきては、小屋に戻って読む日々が続いた。
「こんなペースで、そもそもジムの制覇なんてできるのかしら」
「ミオだって、まだメンバー揃えてないくせに」
 コトヒラはそれだけ言って、またパンフレットに目を落とした。
 ミオも、そのいくつかを手に取る。どこも有名で、ポケモンリーグが存在する地方ばかりだ。
 例えば、トウカイ地方、セイカイ地方。情報通のミオはもちろん知っていたが、名前と大体の雰囲気以外はよく知らない。少し開いて見てみれば、魅力的な観光地が広がる。
「俺、ここにするわ」
 コトヒラは、その時読んでいたパンフレットを閉じて、ミオに見せてきた。
「ウモレビ地方。遠すぎるわけでもなし、ポケモンリーグのレベルとしても水準を越えてる。決めた」
「そう。いいんじゃないの。神話に伝説……ねえ。こういうのは私の方が好きでしょうけど」
「まあな。でも俺はバトルの水準が高ければいい。それと」
「それと?」
「……あったかいのって、いいなって」

 コトヒラは、すぐに旅の支度をはじめた。
 まずは空港のある地方まで電車に揺られ、それからは飛行機でウモレビにひとっ飛びだ。
「あ、ミオ」
 コトヒラは、端の欠けたテーブルの上に、モンスターボールをコトリと置いた。
「ゾロアークだ。俺だと思って」
「あんただと思って……ねぇ」
「んまあ、俺にも化けられるし。もうこいつは、強くなりきってる。こいつを連れて制覇したところで、大した意味はないだろ。だから留守番。あ、運動はさせてやれよ、ちょっとでもぞんざいな扱いしたらブッ潰す」
「物騒ねえ。そんな扱いしないわよ。出てきなさい、ゾロアーク!」
 ミオは華麗に一回転し、相棒のポケモンを出した。
 ゾロアークは、コトヒラの昔からのパートナー。ミオともとても仲が良いのだ。
「しばらくは私と一緒にいましょう。お散歩もバトルも、いっぱいしましょうね。ジム建設のお手伝いもしてもらうかも」
「ゴギュウウン!」
「なんか、俺といるより嬉しそうじゃねえか……?」
「私が素敵だからよ」
 コトヒラは、ゾロアークの頭をぽんぽんと撫で、慣れ親しんだ故郷を後にした。

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