あの“竜の司”、まさか大迷宮の経路を丸暗記しているとは。
 ゼンショウは直接この戦いに参加するわけではないが、そのぶんコトヒラに知恵を授けた。若かりし頃は、よく大迷宮を通って国王陛下に会いに行ったという。
 竜の司ともなれば大迷宮など通らずとも謁見できるはずなのだが、自身の五感を研ぎ澄ますためとかで、必ず通っていたという。そして、その記憶が老いた今も残っている。
 コトヒラは、モンスターボールだけを持って、ひとり走っていた。もともと動きはかなり静かだから、走っていてもほとんど誰にも気づかれることがない。
 そう、都会暮らしならば誰にも。
「あーっ!」
 突然そのような声に押され、コトヒラはぎょっとして振り向いた。
 そこにいたのは、断食道場の娘バリツだった。
「君は」
「わーっコトヒラさん! よかったーゴウとかミオさんとかどこかな」
 フレンドリーなバリツは、コトヒラを見ても畏まることがない。それはコトヒラにとっても新鮮な体験だった。
「城に行けばわかる。ついてきてくれないか」
「もちろん!」
 それと、とコトヒラは付け加えた。
「君のポケモンの力も貸してほしい」


 はてさて、それからは

 もうすぐだ、もうすぐきっと、彼は来る。
 それを信じて、ミオはルージュラに加えゴウとヤエにも指示をしていた。
「相手はプロ! どうにかして道をあけるのよ!」
 城の前で、騎士団を相手にひたすら時間稼ぎだ。この先はコトヒラにしか行けない。
 ナズワタリ地方に民間のジム施設を設けるとはじめに決意した彼にしかなしえないのだ。
「私もいるよー!」
 そう言って、ものすごい跳躍力で、小麦色の肌の女性が場に躍り出た。隣にはサワムラーが二匹、背後には仮面の青年が一人。
(バリツちゃん、それに……コトヒラ!)
 ミオは心で叫んだ。ようやく会えたというのに、コトヒラは仮面姿だ。それにこの状況。
「よーっしゃバリツー、いっくぞー!」
 ゴウのバンギラスは疲れ知らずで、それまでもミオとルージュラの士気を高めていたが、それを見たサワムラーとバリツもまた同じだった。
「“こわいかお”」
「鈍足になったところで“回し蹴り”!」
 新しい登場人物を迎えるように、あえてバンギラスに補助技を指示するゴウを横目に、バリツは輝いた顔でサワムラーを見る。
「もとの戦略が……まあいいか、パワフルな女の子も必要だろう」
 仮面をしたコトヒラが呟いた。サワムラーに指示を出さず独りごちる青年に、一人の騎士団員が反応する。
「こっちのサワムラーがお留守だぞ。バクオング、“波乗り”」
「バークオーン!」
 味方にも少なからずダメージのあるその技を、騎士団員は指示する。かなり育てているようで、バンギラスとバリツのサワムラーにも大きなダメージを与えた。
「そんな……!」
 場が混乱する中、仮面の青年は一人動じない。
(俺は信じてる)
 技をくらうサワムラーを見守ることなく、コトヒラは走り出した。襲い来る波に脚がすくわれぬよう、バランスを保つ。
サワムラーは、攻撃を受けると、身をゆがめた。騎士団が驚く中、そのポケモンは赤紫色のキツネの姿となる。
「ゾロアークか……!」
「おい、待て、さもないと」
「“バークアウト”」
 ゾロアークがまくしたてるように吠える。その場の波がはね、騎士団は耳をふさぎ、ポケモンたちも一瞬怯んでしまった。
「待て、俺のバクオングは防音で」
「トレーナーの動きが止まれば意味がないさ。……スーパーコンピュータ並の知能を持つポケモンでない限り」
 仮面の青年は、すでに城の内側まで入っていた。
「とらえろっ!」
「止めろ、ゾロアーク」
 そのまま王のいる部屋を目指し、迷いなく進んでいった。

 仮面の青年の目の前に立つのが王だけになった時も、王はたいして取り乱す様子もなかった。
「コトヒラ、か」
 王が確信したように言うと、辺りがざわめいた。
 家臣や騎士団が知らぬわけがない、王の弟の息子の名だった。
 コトヒラは、ゆっくりと仮面をはがす。あまり高貴な印象を持たせない、灰紫の釣り目と後ろでくくった髪が顔を出した。
「コトヒラさま」
「コトヒラでいい。父は王族の地位から退いた」
 聴衆に言い放つと、コトヒラは王に向き直る。そして、恭しく礼をした。
「国王陛下、ご無礼をお許しください。ですが、賢明な陛下なら、なぜ私がこのような格好で城に乗り込んだのか、もうおわかりでしょう」
「……民間でジムを経営したいという強い意志がお前を動かしたのだろう」
「仰せの通りでございます。近年、ナズワタリは大きな経済発展に恵まれましたが、一方で弊害が出ています。私は見ました。信号も横断歩道もないガルーダシティの道路を、走る車に怯える子供やポケモンを、埋め立てきれずそのままになっているゴミを、この目で」
「……」
 家臣たちが武器を置いて、その話を聞き入った。
「議会に提案していただけませんか。地方の威信だとかそんなもので、ジム建設に多大な税金をつぎ込むなと。私には頼もしい仲間もいます。ポケモン協会公認のそれに劣らないジムを経営できます」
「……民のために尽くしたい思いは同じということだな。わかった、余がなんとかしてみよう。お前は信用できる男だ」
「陛下……ありがとうございます」
「たまには城に来て話そう、とお前の父にも言っておくように」
「はい、伝えておきます」

 ○

 ナズワタリ地方での民間ジム経営について、表向きには、すぐに王立では整備できないためにまずは民間で委託する、という内容のものが議会に提出されることとなった。
「まあこれでも大妥協だろ」
「コトヒラさん、最後にいいとこどりして。おっもしろくなーい」
 謁見の後、ミオたちは形だけ騎士団に謝罪をし、日も傾いていたために近くのホテルに集まって話をしていた。
「ジムリーダーになったら、面白いことなんてこれからいくらでもあるわ。オーリ村ジム、就任してくれるかしら」
「えっ、オーリ村?」
「そうよ。それならバリツちゃんもゴウくんもやりやすいでしょう?」
 バリツとゴウは顔を見合わせた。さきの戦いで二人とも確信していたのだ、タッグを組むならこの人とだ、と。
 ミオは化石から甦ったばかりのアーケンとアマルスを撫でる。
「あなたたちが化石の頃から見てたけど……まあ、わからないわね。この子たちも一緒に、ゼンショウさんのもとに挨拶に行くといいわ」
「そうだ、今ここにいないジムリーダー候補は“竜の司”だって……」
 そういうことよ、とミオが言うと、バリツ、ゴウ、ヤエの三人は仰天した。

 やることなんてこれからのほうが多いというのに、コトヒラはさっさとミオのもとを離れてしまった。
 なんでも、ゼンショウとの約束を果たすためにまたしばらくドゥクルタウンに身を寄せるという。
「まあいいわ、これから彼はあそこでジムをするわけだし、ゼンショウさんもいるから大丈夫でしょう」
「会いたいと思ったら素直に会いに行っていいんですよ」
 ヤエの一言に、ミオの顔がぽっと染まった。

「あー、忙しい忙しい!」
 そう言う新ジムリーダーたちは、汗を光らせ、目を輝かせていた。

 一年以上放置したのちに一日三話書きあげて完結。どうにかなるものです。
 非公式ジムがやりたくて妄想がはじまった西ナズワタリ、まだまだ前途多難です。
 ここまでお読みいただきありがとうございました!

 151020
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