モンスターボールなんてほとんど見かけない。
レンジャーでないと、人助けもろくにできない。
ポケモントレーナーを目指す少年カグロにとって、ここオブリビア地方はどうも条件が悪かった。
オブリビア地方そのものは住みやすく、さらに、老人の多い地元ソピアナ島の住人たちもカグロには優しく接してくれた。しかし、ポケモントレーナーを目指すというカグロの夢を聞いて、いい顔をする者はいなかった。レンジャーの方が向いてるよ、なんでトレーナーになろうとするんだ、そんなことをしばしば言われる。
それでも、カグロは昔見たポケモンリーグの中継を忘れられなかった。
生き生きと戦うポケモンたちを。トレーナーたちの、真剣な表情を。
それでも、カグロには一人、理解者がいた。絨毯職人のスチュだ。
彼は、かつてイッシュと呼ばれる遠くの土地に行ったことがあり、そこでトレーナーたちとポケモンの熱いバトルを目に焼き付けた。
カグロにも、バトルの楽しさをたくさん話した。それが、カグロのイッシュへの思いを膨らませた。
また一つ、イッシュでの思い出話を聞いたある日、カグロはスチュにこう訊ねた。
「ところで、いつも話してくれるイッシュ地方って、どのあたりにあるんですか」
「ああ、イッシュは、ここからずーっと東に行ったところだよ。遠いぞー」
「なるほど……ここからはどうやって行けば」
「船しかないんじゃなかろうか……でもイッシュ行きの船なんざ聞いたことはないね。おれはここまで自力で漕いできた」
「自力で……そうですか」
カグロはのそりと立ち上がる。そして、東の港に呼ばれるように走っていった。
「おい、カグロ! なにを……」
「はぁ? イッシュに行くために船を借りたい? 無理に決まっとるじゃろう!」
港にいた老人は、当然のことながらそう言った。わずかな望みも消え、カグロはぼうっと空を仰ぐ。
「大きな鳥ポケモンがキャプチャできれば、行けるかもしれないよ……」
二人のやりとりを聞いていた、鳥ポケモン好きの少女ツバサが言った。
「知ってるだろ。俺はレンジャーじゃなくて、トレーナーになりたいんだ」
「うん、そうだよね」
ここからイッシュまでは、あまりにも遠い。誰にも迷惑がかからないように、自分で船を造らなければならない。それも、イッシュまで航海できる、かなり丈夫なものを。今のカグロにはほぼ不可能といっていい。
かといって、モンスターボールもキャプチャ・スタイラーもなければ、空を自由に飛び回る鳥ポケモンを手なづけることもできない。
どちらも、あまり現実的ではない。
それでも、カグロにはもう一つの考えがあった。
“波乗り”が使えたら――。
夕方になり、港に人気が消えた後、カグロは、誰にも気づかれないようにゴーグルを取ってきて、そっと海に跳び込んだ。
ぱしゃ、と水面が音を立てる。その可愛い音とは裏腹に、海の中は、カグロの予想以上に暗かった。
日もじきに沈む。しばらく泳いでいて、カグロは急に恐怖心に襲われた。
無理だ、もう戻ろうと、彼は引き返しはじめた。その時、眼下に小さいオーロラのような、青い光がちらつく。
(あのポケモンは……)
さらにその向こうに、無数の黄色い光が見えた。
(ネオラント、それに、ランターンか……?)
カグロは岩陰に隠れて成り行きを眺める。ランターンの群れがネオラントに敵意を抱いているということはカグロの目にも明らかであった。
どうやらネオラントは、なにかの拍子に誤ってランターンのなわばりに入ってしまったらしい。このままだと、こちらに逃げてくるだろう。そうなると、カグロも危ない。
どうすればいい。
カグロは目を瞑った。暗い海で目を瞑ると、本当に闇だけの世界が広がる。
――あれ、あれが使えるなら。
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