Episode 1 -島とラティオス-


 カグロは、そっと目を開いた。
 案の定、ネオラントはこちら側に旋回して、ランターンから逃げる。
(こっちだ)
 カグロは、ネオラントを誘うように、右手をあげた。
 頭がまわっていないネオラントは、そのままカグロのもとに突進する。
 とりあえず水面まで上がってもらおうと、カグロはネオラントを上へ促す。
 ランターンが追いかけてくる。時間がない。だがこれでいいのだ。

(いちかばちかだ)
 海上に出たカグロは冷や汗をかく。
「ネオラント、少しでいいから、俺の指示に従って泳いでくれ」
 オブリビア地方のポケモンは、レンジャー以外の人と接することにはあまり慣れていない。
 それでも、今は聞いてもらわないといけない。カグロの藍色の瞳がネオラントに映る。
「今から言う方向に、全速力で。俺を中心として」
 ランターンたちも水面まで上がってきた。
「よし、今だ! そのまままっすぐ!」
 ネオラントは、カグロの指した方向に泳いだ。ランターンの大群もそれに続く。
「こちらへ!」
 次にカグロは、自分のななめうしろに指をやる。
「次はこっちだ!」
 ランターンが追いかけてくるのが、もう少し速いか遅いかだったら、カグロもネオラントも、電撃をあびて終わりだっただろう。
 もうすぐ追いつかれる、というところで、空の彼方から、夢幻ポケモン、ラティオスが飛来した。
「よし!」
 カグロはラティオスに飛び乗り、ネオラントを引き上げた。

 レンジャーサイン。
 オブリビア地方の優秀なポケモンレンジャーが使うという、ある特定のポケモンを呼び出すための光のサイン。
 スチュの家に、ラティオスを呼ぶサインの模様をした絨毯があったのだ。
 普通、レンジャーが光のサインを作る時は、キャプチャ・スタイラーという専用の道具を利用するのだが、今回、カグロはそれをネオラントとランターンの光で実践してみせた。
 それも、スタイラーではない光でも気づかれるように、かなり大きめに描かせた。
 もし、ラティオスがスタイラー以外の光に反応してくれなかったら。もしくは、たとえ飛来してもカグロたちのことは知らん振りしていたら。これは成功しえなかっただろう。

「ばっかもーん!!」
 ラティオスに乗って島に帰るなり、カグロはスチュの怒号をくらった。
「ポケモン持ってないくせに、誰が海に飛び込むんだー!!」
「すみません」
「反省してないな」
「すみません」
「まぁいいじゃない。このポケモン、ラティオスでしょ? ずっと見てみたいと思ってたの!」
 いつもマイペースなツバサは、ラティオスをなでて言った。
「うーん……」
 スチュは、まだ怒りを抑えきれないようだったが、それ以上は何も言わなかった。

 カグロは、ネオラントを噴水に放した。
 トレーナーではないカグロは、ネオラントを捕まえることができない。
 その時、ずっと黙っていたカグロの母親が言った。
「カグロ、行ってきなさい」
「えっ」
「その、イッシュ地方に」
 さらに、父親は一歩踏み出し、グーの手を差し出した。何かもらえるのかと、カグロは手のひらをおずおずと前に出した。
 カグロの手に転がったのは、モンスターボールだった。
「えっ」
「昔手に入れたんだ。記念に取っておいたんだけど、もうおれは使わないからな」
「父さん……母さん……」
「強いトレーナーになって、そして、ちゃんと帰ってきなさいよ! 男ならやり遂げなさい!」
「ありがとう」
 カグロはネオラントの方を向いた。ネオラントは水面から顔を出し、笑ってみせた。
 そのまま、モンスターボールをネオラントに投げる。ネオラントはおとなしくボールに収まった。
「ラティオス、カグロをよろしくね」
「くぉーう……」
 母親が、ラティオスに笑顔でそう言う。ラティオスは静かにうなずいた。
 カグロは、腰にボールをつけ、再び、ラティオスに飛び乗った。

⇒NEXT