Episode 3 -お屋敷とダンボール-


 朝起きると、ルーはエーデルワイスの机の上にいた。
「あら、おはようルー。どうしたの? 今日は早起きね」
 ルーは、両手で目を隠し、泣く真似をした。
「……? あなた、“うそなき”は使えないわよね?
」  ルーは首を横に振った。そして次は両手をあわせ、頬の横にもってきた。どうやら寝るという意味のジェスチャーらしい。
 そしてまた泣く真似をした。
「わたくしが泣いていたっていうの? 泣いてなんかないわよ」
 エーデルワイスは少し早口で言った。ルーはまた首を横に振った。そしてベッドに飛び降り、エーデルワイスを睨みつけた。
「……見てたのね。ええ、確かにわたくしは泣いたわ」
「バウ……」
 ルーの表情が曇った。
「だけど、それが何です? あそこで反抗して、ドレイデン家の人間の風格を下げるよりは、よっぽどましですわ」
 ルーの表情はなお変わらない。その時、ノックが聞こえた。
「お嬢様、ドレスの件なのですが、次の夜会までにはきれいになって戻ってくるかと」
「本当? じゃあ、またあのドレスを着るわ。もうワインをかけるなんてしませんわ」
「そう……お嬢様、ほんとうにご自分でワインをおかけになって?」 「ええ、そうよ。他に誰がかけるというの?」
 ルーには、その会話の全てがわかるわけではない。だが、不安な気持ちを拭いさることはできなかった。

 夜会の日が来た。エーデルワイスは、前回と同じいでたちである。
 ルーが頑なに出ることを拒否し、連れてくるのに辟易したものだったが、なんとか引っ張り出してきた。
「堂々としているのですよ」
 そうたしなめるも、ルーは彼女の腕をするりとぬけ、床に飛び降り、そっぽを向く。
「それでいいのですか、ルー!」
 ルーは驚いて振り向いた。思わず声をあげてしまい、エーデルワイスは口をつぐむ。
 彼女は咳払いして、穏やかな口調でルーに諭した。
「ドレスっていうものはね、ゴテゴテした宝石や羽根で飾るものじゃないの。内なる美を魅せるためには、そういったものは極力おさえるべきなのよ。紳士淑女の皆さんはもちろんそんなことわかっておいでだし、もちろんわたくしや、仕立て屋のマリーさんだってわかっているわ」
 それから彼女は、小さな友人に手を差し伸べた。
「あんなもの、屈辱のうちに入りませんわ。血統書つきでないとか、前の親御さんのデータが残っているとか、ここでは関係ありません。あなたは、もうすっかり、誇り高きドレイデン家のポケモンです。そうでしょう? はじめてうちに来た時より、ずっとずっと輝いて見えるわ。それなのに拗ねていると、もったいないですわ。常に堂々としているのです。ほら、わたくしは今だって、堂々としているでしょう?」
 ルーは、エーデルワイスの真っ直ぐな瞳を見つめ返した後、もう一度、彼女の手をとった。

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