目的と手段


 タマゴの殻に赤と青の模様のついたポケモンと、たまに遊びに来てくれるヒヨの髪飾りを見比べて、ソラは呟いた。
「赤と青。にてるね」
「そう? 私はソラのギザギザの前髪、トゲピーとそっくりだと思う」
 ヒヨが言うと、ほんとに! とソラは目を輝かせ、トゲピーを抱いて顔のすぐ横にやった。そのままほおずりする。
 それを見ながら、ヒヨはそっとトゲピーにポケナビを近づけた。トゲピーは興味深そうにこちらを見上げる。
「やっぱり。ノーマルじゃなくてフェアリーになってる。……んん?」
 ヒヨは使える技の欄を見て訝しんだ。
「どうしたの」
「ちょっとトゲピー貸してくれない? ポケナビが間違ってるとも思わないし」
 ソラが頷くと、トゲピーはぴょん、とソラの腕から飛び降りた。
「トゲピー。見せて欲しいものがあるの。……あの木に向かって、“トライアタック”!」
 その昔、ホウエンを巡ってバッジを集め、トレーナーとしての威厳がそれなりにあるからなのか、トゲピーはヒヨの指示に従う。繰り出した技は威力こそ低かったものの、木を調べると、炎と電気で焼けた跡と氷に当たって著しく冷えている場所がみられた。
「ぶわー、びしゃーん、ぷるぷる」
 トゲピーの技を見て、ソラはそう表現した。炎、電気、氷、三つの要素がぶつかり合うノーマルタイプの技、確かにそれは“トライアタック”だ。
「本当に使えるなんて……でも、トゲピーが“トライアタック”を使える例なんてひとつも知らない」
「すごいわざなの?」
「そうねえ。こういう、顔が三つついてるポケモンがよく使うんだけどね」
 ヒヨは、地面にダグトリオを描いた。ドードリオやレアコイルもそうだが、そらで描ける気がしなかったのだ。
「タイプが変わって、遺伝経路が発見されたのかしら。それとも」
 ヒヨはトゲピーがまだタマゴだった頃に思いを馳せる。もともとカオリのコダック、キャンが見つけたタマゴだ。
 いつ、どこで? どのような経緯で?
 それをはっきり知ることは、人間であるヒヨにはかなわない。
「この子、特性は“天の恵み”みたいだし、トライアタックとの相性はいいと思う。きっと強くなる」
「ほんとに!? ヒヨのポケモンたちみたいになれる?」
「……なれるよ」
 また新しいことか、と内心戸惑うヒヨとは裏腹に、ソラとトゲピーは大喜びでにこにこ笑い合った。

 ○

 ここの予備校生にメガストーンを持つ者がいるという話は聞いていたけど、と、背の高い少女が言った。
「あなたのことだったのね。私はアカリ。……よろしかったら、手合せ願いたいんだけど」
 目と目が合えばポケモンバトル。旅をしていた時は、そう話しかけられたことも多かった。
 けれどもそれも今は昔。審判を目指し予備校を通っているヒヨにとっては、随分と久しぶりな感覚だった。
 それも、たまにやるような野良バトルではない。彼女のまとう妖艶さ、そして真剣な眼差し。優秀なトレーナーであることは、立ち居振る舞いから伝わるものである。
「……私はヒヨ。そうね、私もあなたとは戦ってみたい」
「ヒヨ――」
 アカリはしばし逡巡の表情を見せた。しかし、ヒヨの訝しむような視線に気付くと、すぐにバトルの姿勢になる。
「いきますわよ、バシャーモ!」
「クチート、今こそ頑張る時よ!」
 両者ポケモンを繰り出す。予備校裏で始まったこのバトルは、それなりのギャラリーを集めて進む。
「バシャーモ……最近、メガシンカが確認された」
「クチートだってそうですわよね。早速いきます、“飛び膝蹴り”」
「アゴで受け止めて!」
 素早さでは勝ち目がないと一瞬で悟り、ヒヨはクチートにそう指示した。アゴの硬い部分で受け止めれば、身体への負担を減らせる。
「クチートにはフェアリータイプも入ったから、効果抜群にはならないわ。そのまま“じゃれつく”!」
 クチートはアゴでそのままバシャーモをとらえ、じゃれついた。物理系のフェアリータイプ技では最高クラスの威力だ、バシャーモへのダメージも大きい。
「“ビルドアップ”で防御を上げて」
「それならこっちも“鉄壁”!」
 互いに能力を上げる技を指示する。それを見てギャラリーはじれったそうに足踏みした。
 メガシンカはまだか、と。
「接近戦なら、バシャーモの得意分野。ご存知よね? “フレアドライブ”」
「……! 来るっ……」
 この至近距離にあって、クチートにそれを避けきるすべはない。真正面からそれをくらってしまい、吹き飛ばされてしまった。
「……防御を上げていなければ、そしてバシャーモの攻撃を下げていなければ……ここで勝負ありだったでしょうね」
 クチートはなお立っていた。
「あなたのクチート、特性は“いかく”ね? 一度ビルドアップしたとはいえ、鉄壁の分も含めるとバシャーモの攻撃の威力は実質二段階マイナスになる」
「そう。でも……バシャーモといえば“猛火”、じゃれつくをもう一撃入れると、それが発動してしまう」
 降参宣言ともとれる発言だが、アカリも聴衆も、その発言の真意を悟る。
「だから……!」
 ヒヨはリングにはまったキーストーンをぎゅうと握りしめた。最近になってキーストーンをはめるアクセサリーが色々と出始めたが、ヒヨが持っているのは最初期のいたってシンプルなものだ。
「クチート!」
 クチートの持っていたメガストーンも輝きを放つ。二つの石から放たれる光線は交わり合う……と、誰もが信じていたのだが。
「……できない……」
 光はそのまま消え失せる。聴衆はがっかりし、その場を去る者がぽつぽつと出始める。その中で、アカリだけが光の消える最後の最後まで真剣に見つめ続けていた。
「あれがメガシンカの時の光……見えたか、バシャーモ」
 アカリの言葉にバシャーモも頷く。その会話は、ヒヨには聞こえていない。
「……改めていくしかないわね。バシャーモ、ビルドアッ……」
「時間稼ぎのつもりかしら!?」
 ヒヨの力強いその言葉に、アカリも指示を止める。見てすぐにヒヨは叫ぶ。
「“じゃれつく”!」
 意図を理解し、アカリも答えた。
「“フレアドライブ”!」
 強力な物理技が激突する。赤い光がばらばらに散った後、二匹のポケモンはふっと力を抜いて場に倒れた。
 攻撃力こそバシャーモのほうが高いものの、フレアドライブは捨て身の一撃だ。その分反動も計り知れない。
「……引き分け」
 見かけのうえでは。
 最後の派手な激突を見て、残っていたギャラリーからは拍手が起こったが、トレーナーは二者ともに腑に落ちない表情をしていた。
 互いのポケモンがボールに戻ったところで、アカリはヒヨに駆け寄った。
「そのキーストーンとメガストーン、この予備校で?」
「……そうよ、あくまで借り物であって、私のものじゃないけど」
「借り物でもメガシンカできるものなのかしら」
「さぁ、前例がないからなんとも、って先生も。ただ、可能性を探るために何人かに貸し出してるみたい。この学校でクチートを持っているトレーナーが元々いなかったみたいで、すぐに番が回ってきたけど」
 へぇ、とアカリは言って、校舎を見上げた。そして小声で、貴重なオーパーツをレンタルか、と呟いた。
「何か言った?」
「いえ。参考になったわ、手合せありがとう」
 アカリは軽く一礼し、きびすを返した。歩く姿も決まっている。
 ヒヨはクチートの入ったモンスターボールと、借り物のキーストーンを見比べる。
 せっかく強いトレーナーと手合せする機会が訪れたというのに、今日もメガシンカできなかった。そして急に意識させられる。クチートですら、自身のポケモンではないのだと。
「……私は」
 先ほどのバトルをひとり振り返る。
 互いに勝ちを求めないバトルだった。メガシンカの誘導、時間稼ぎ、そして最後の激突。
 目的は勝ちではなかった、しかし目的が果たされることもなかった。それだけではない。果たされたところで、ヒヨにはどうして良いかわからない自分の姿がはっきりしていた。
 フェアリータイプも、メガシンカも、枷だと思っている自分がいる。
 ――気持ち悪い。
 ヒヨはブラックアウトしかけた意識をなんとか引き戻す。アカリの影はどこにも残っていなかった。


160302 ⇒NEXT