ゲリラ快晴


 ヒヨ、バトルしよーよー、と言われて、ヒヨは目を真ん丸くした。見下ろすとそこにはにかっと笑うソラがいる。
「まだバトルなんてできないでしょ」
「えー、でもしたいよ。ねー、トゲピー」
「ちょげ!」
 抱きかかえていたトゲピーに同意を得て、ソラはまたヒヨを見つめる。
「だめったらだめ」
「クチートとバトルしたいのー! ようせいさんどうし!」
 ようせいさんどうし。
 その言葉がどうにも癪に障り、ヒヨは思考よりも先に声が出た。
「もういい加減にして!」
 自分でも驚くぐらい冷たい声だった。そこまで怒鳴られると思ってもいなかったソラは、え、と小さく呟いて固まる。
「……ごめん」
 今はどうしてもできない。
 困り顔のソラの隣で、トゲピーは不服そうな表情を浮かべていた。とにかく経験を重ねたい、そんなポケモンの気持ちがヒヨにわからないわけではない。
「そうだ、私はできなくても……あの場所なら。行ってもいいか、お母さんに相談してみて」

 ウィエの許可を得て、ヒヨがソラたちを連れてきたのは、シダケタウンのしょうがいる場所だった。
「久しぶり」
 しょうはヒヨを見るなり、それだけ言った。
 思えばここでクチートを借りてひと月とちょっと。その間、ソラたち家族と深く関わるようになり、コダックに促されてホウエン地方を横断し、通常では覚えていないはずの技を習得したトゲピーに出会い、メガシンカを試みて。
 そして、今、軽い挫折を覚えている。
「この子……ソラっていうんだけどね。この子のトゲピーの相手してくれる子いるかな」
「ソラちゃん、よろしく。あんまりバトルが得意じゃない子もいるけど……おーい、このトゲピーとバトルしたいやつはいるかー」
 一旦しゃがんだしょうがまた立ち上がり、ポケモンたちに声をかけると、ぼよん、ぼよん、と跳ねる音がした。反応したのはルリリだ。
「おっ、いいねえ。それじゃあ、トゲピーとソラちゃんはそっちへ。ソラちゃんはその線からはみだしちゃだめだぞ」
「うん、わかった! ヒヨも見ててね」
「はいはい」
 ヒヨはルリリを見た。見た目から察するにまだレベルは低い。
 それにソラのトゲピーだって使える技といえば、あまえる、ゆびをふる、てんしのキッス、そして……トライアタック。
 お互いに体力もそこまではないだろうし、バトルはすぐに終わると思っていた。
「……ゆびをふるでなかなか良い技が出ないなぁ。ここまでか?」
「まだいけるもん! “てんしのキッス”!」
 けしてしょうは手加減をしているわけではない。ただ、低いレベルのポケモンの1対1バトルにして、既に十分が経過している。
 そろそろソラも飽きる頃ではなかろうか――とヒヨは思っていたのだが、ソラもトゲピーも簡単にはあきらめない。
「ルリールー」
「よし、こんらんした! ねらっていくよー、“トライアタック”!」
 温存していた切り札をここで放つ。トゲピーはよちよち突進し、ルリリに三色の閃光を浴びせた。
「おおっ! ……ほら、ヒヨ」
「え。……ルリリ戦闘不能、トゲピーの勝ち。よって勝者……かけだしトレーナーのソラ」
「いやったー!」
 しょうに促され、ヒヨは本当の審判のような文句を述べる。それも嬉しかったのか、ソラとトゲピーは抱き合って喜ぶ。
「勝ったよー! ヒヨも見てくれたよ! あと、ルリリも! バトルありがとう」
 ソラが笑いかけると、悔しい思いがありながらもルリリは微笑んだ。しょうがルリリを抱きかかえ、元気のかけらで身を癒す。
「ルリリ、ナイスファイト。十分も頑張ったな」
「りー!」
 トレーナーとポケモンたちの笑顔を見て、ヒヨは知らず知らずのうちに立ちあがっていた。しょうはお、とヒヨのほうを見る。
「しょう、……私ともバトルして」
 その切れ長の瞳が言葉以上のことを語っていて、しょうも腰のモンスターボールに手をかける。長年苦楽を共にした、相棒たちがそこにいる。
「……待ってた」
 目と目が合ったらポケモンバトル。それも、こんなぎらぎらした視線ならば。
 ソラもおおー、ほんかくてきー、と言って、フィールドの外に出る。何年かぶりの、二人のバトルが始まろうとしていた。


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