努力と才能


 確かに弱いわけではなかった。勝ったのはこちらであるが、アブソルの高い攻撃力を活かした戦法は明らかに初心者のそれではない。
「持ち物はピントレンズね、特性の強運とも合わせると確かに効果を期待できる……あと多そうなのが気合いのタスキとか命の珠かな、でもアブソルってメガシンカするんだっけ? だとすると持ち物も……」
「あのさ」
 ヒヨと手合せした相手――テリオが、苛立ちを込めながら話しかける。いかにも自己顕示欲が高そうなトレーナーだ、きっと負け惜しみか何かだろう、とヒヨは思ったが、飛んできた言葉は意外なものだった。
「なんで喜ばねーの?」
「は……」
「勝ったら嬉しいもんじゃねーのか。お前勝ったんだぞ、超つええ俺に!」
 いやだからあんたが負けたんだって、という、意味のなさげな言葉が出るのを抑える。バトルそのものでは関係がないとはいえ、ヒヨはテリオより幾分か年上なのだ。
「へ? まあ、嬉しいよ」
「なんだよそれ……あんなすごかったマッスグマも、すーぐボールに戻しちまうし」
「それは方針よ、教科書開きたいし」
「……もういい、覚えてろ!」
 よくわからないタイミングで捨て台詞を吐かれ、ヒヨはその場に取り残された。

 勝ったというのに、その後の会話がなにか心に引っかかるようで、ヒヨは不快だった。今日は予備校で借りたメガストーンを試したいと思い、シダケタウンである施設を運営するブリーダーに会いに行く予定だったのが、少し遅れてしまったこともある。
「しょう、私よ」
「ヒヨ。待ちくたびれるかと思った」
 色々あったの、と言って、入り口近くのソファに腰掛ければ、しょうと呼ばれた青年はそれ以上何かを訊くこともなかった。ただ、しょうのすぐ傍にいたポケモンだけは、ヒヨに無邪気に近づいた。
「ぐあー」
「……クチート……」
「そいつが一番良いと思った」
 しょうの言葉に、クチートは小さいほうの口でにぱぁと笑った。彼とは長い付き合いだ、ヒヨの手持ちの傾向を知っているからこそ、素早く育ちやすい無邪気な性格の個体を選んだのだろう、とヒヨもすぐに察しが付く。
 いちいちそれを口に出すこともないが。
「お姉ちゃんのポケモンになるの?」
「ん、貸すだけ」
 奥でポケモンたちと遊んでいる子供たちもこちらを見てきた。その場には、積み木やらバランスボール、そして絵本が散らかっている。中にはヒヨに全く興味を示さない子供もいた。
「お姉ちゃんトレーナー?」
「え、うん」
「ポケモン見せて!」
 言われて、ヒヨはしょうに目配せした。しょうは一つ頷く。
「よし、……出ておいで」
 ヒヨは一番付き合いの長いマッスグマを出した。ポケモンセンターに立ち寄ったため、先ほどのバトルで受けたダメージもなく、堂々とした立ち姿を見せたあと、子供たちににこりと笑った。
「かっこいいー!」
「バトルも強そう!」
「実際、かなりよく育てられてるよ」
 それまで、こちらに一切興味を示さなかった少年がぼそりと呟く。珍しいことなのか、子供たちが振り向いた。
「ヒヨって言ったっけ」
 いきなり名前を呼ばれ、ヒヨは頷くことしかできない。少年はクチートを見て言った。
「そいつ、バトルできないよ」
 言われて、ヒヨは顔を曇らせた。
 そのまま、しょうを見る。しょうはほんの一瞬、目を細めたが、それ以上の変化はみられなかった。
 ヒヨとて、この施設の趣旨は理解している。ポケモンとの触れ合いの場を設けたり、貸し出ししたりする、ポケモン初心者や環境弱者のための施設だ。
 そんな施設であるから、そこにいるポケモンも――
「コンテストにも向かない落ちこぼれ。そんなやつばっかりだ。優秀なトレーナーが来るところじゃない」
 少年の眼光は鋭かった。クチートは彼の言葉を理解していないのか、表情を崩すことがない。それがかえってヒヨに鮮烈な印象を残した。

 自然溢れるホウエンの中でも、特に水と緑に恵まれたシダケタウンだ。他のどの町より空気がおいしく感じる。
「あの子、……私のマッスグマがよく育てられてるって。そういうのがわかる子なの?」
 触れないようにする必要もないと思い、ヒヨは隣を歩くしょうに言った。見下ろせばそこにクチートもいる。
「ポケモンを見ただけで才能や能力値がなんとなくわかるみたいで……あんまり馴染もうとしないけど、よく来てくれるんだよ」
 そういう能力を持つ人間は、たとえば真剣勝負師の集まるバトル施設でポケモンの能力値を見たりして才能を発揮している。非常に優れた感覚の人は実際にいるのだ。
 ただ、ヒヨにとって、そのような感覚の持つ人はあの少年が最年少であった。
「なんか末恐ろしいというか……」
「末恐ろしい、か。上手いこと言うなぁ」
 喧嘩っ早く単純な元来の性質を持ったまま大きくなってしまったヒヨとて、出会った人のバックグラウンドを想像できないわけではない。彼にも色々あったのだろう、とは思う。
「まあブリーダー修行にはいいんじゃない。うかうかしてると抜かされるわよ」
「はは。……それじゃ」
 町の東端まで来たところで、しょうは歩を止めた。
「クチート、よろしく頼む。そいつはバトルには向かない、それは本当だ」
「うん」
 俺がちゃんとやれてるかっていうお試し、なら問題ないだろ、とエントリーコールで聞いた時はまさか、と思ったが、ヒヨも今、意味を見出している。
 わざわざバトルに向かないポケモンと絆を試す意味を。
「まあヒヨはちょーっとおっちょこちょいなとこあるけど……ポケモンに対する姿勢は、信頼してる」
「そりゃどーも」
 結局こんな別れ方だ。そして、もっとも自分たちらしい別れ方。
 ヒヨはクチートを見て、そして彼女の笑顔を受け取って、鞄に入った“クチートナイト”を指でそっと撫でた。


比呂さん宅テリオくん、かずとさん宅しょうくんお借りしました。
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