無邪気こそ罪深し


 ソラの家に行くまでの少しの空き時間、ヒヨはカイナの砂浜で教科書とクチートを交互に見ていた。
 思えば、クチートほどヒヨの弱点克服に繋がるポケモンはいない。新たなタイプ分類でクチートは鋼・フェアリー両タイプを持つことになり、さらにはメガシンカした姿も確認されている。
 自らを電気信号化できるという極めて特殊な能力を持つとはいえ、ポケモンだって根底は生物であるから、彼らを取り巻く状況は絶え間なく変化している。それに伴いタイプ相性も見直され、多くのタイプに耐性を持っていた鋼タイプも、ゴーストタイプや悪タイプにはそこまでの耐性を持たなくなった。
 対して、フェアリータイプを有するようになったクチートはどうか。フェアリータイプは悪タイプへの耐性があるので、依然として悪タイプには強い。鋼タイプとの組み合わせを見ても耐性が多く、少し能力が低いとはいえ、トレーナー次第では有利に立ち回れるだろう。
「なかなか面白いかも……」
 ヒヨが呟くと、クチートは目を輝かせる。ヒヨとしては抑揚なく言ったつもりなのだが、この無邪気すぎて逆に罪深いクチートは、ヒヨの言葉ならなんだってこのように反応するのだ。
「……バトル、するんだからね。そんなに楽しいものでもな……」
 そう言いかけたとき、クチートはぐあーとないて、ヒヨに突進した。クチートとしては軽く抱き着く程度だったのかもしれないが、予想だにしていなかった出来事に、ヒヨはバランスを崩す。視界は青い海から青い空に変わり、キャモメの腹が見えた。
 ぼすん、と、砂浜がヒヨを受け入れる。砂は少し濡れていて、ヒヨが起き上がると、髪や服にべったりとついた。
「うわ、やば……」
「ひよっこー、がっこー」
 最悪だ。
 このタイミングで、ソラに会うなんて。
「待てなかったから来た」
「そんな、いいのに……」
「その子だれ?」
 そして人の話を聞かない。
 ソラの興味はすでに、ヒヨの膝に乗っていたクチートにうつっていた。クチートは同じように、ソラに抱き着く。
「ああーっちょっとタンマ!」

 ソラの家に着いたとき、ヒヨとソラは仲良くシャワーを浴びるはめになった。
「二人とクチートで遊んできたの?」
「いえ、そういうわけでは」
「そうだよ!」
 このガキが、と悪態をつきたくなるのを堪え、ヒヨは流れに任せた。こんなのしかないんだけど、とウィエに言われて着ているのは、ヤミラミの顔がプリントされたシャツだ。同じくソラはサクラビスのシャツを着ている。
「心が落ち着く香を焚きましょうか。ハスブレロ、お願いね」
「ゲロー」
 ハスブレロが、ウィエの出したお香を吟味する。手作りらしいお香立てはハンテールを模していた。
「ほーらクチートちゃん、おいで」
「ぐあー!」
 ああ、また! と思い、ヒヨは目を瞑ったが、クチートの突進でウィエが倒れるとか、そのようなことはなかった。恐る恐る目を開けると、クチートは歩みを止め、その場でうつらうつらしていた。
 そして、ぱたりと倒れ、寝息を立てる。
「えっ、……何、どういうことですか」
 クチートとヒヨの反応に、大成功、とウィエは手を合わせた。
「さざ波のお香。トレーナーにとっては、技の威力をあげたりあるポケモンのタマゴを授かるために使うものだけど……効くのよね、これが、無邪気なポケモンに」
 ヒヨはクチートを凝視する。さっきまであれほど活発に動いていたことが信じられないぐらいだ。それに、お香の該当ポケモン以外への効果など考えたこともなかったのだ。
「それじゃあヒヨ先生、今日もよろしくね」
「はい。ソラ、お帳面出して」
「はーい!」
 ヒヨとソラがいつものやりとりを始める中、ウィエは海風で揺れるドアを見た。早朝にカクタから聞いた帰宅時間が少し過ぎていた。


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