夕刻の訪問者


 大丈夫か、カクタは大声でその者の意識を確認した。
 帰路の砂浜で見かけたずぶ濡れの少女と二羽のコダック。呼吸があることにカクタはとりあえず安堵したが、このままだと身体も冷えて危ない。
「グワワ……」
「グワー」
「落ち着こう。えーとまずは……おっ」
 カクタの視線の先に、ウィエとソラ、それからヒヨがいた。ソラの家庭教師が終わり、ヒヨを見送るついでに、カクタを探して外に出ていたのだ。
「お、おお、ウィエ! この子をどうにか助けられないか」
 カクタの言葉に、ウィエは少女を見た。回復体位で横になっている少女は一見何事もなさそうだが、ずぶ濡れで砂もついた身体と、顔色の悪さから危険な状態だとわかる。
 ウィエがハスブレロに目配せすると、ハスブレロはすぐさま家に戻り、お香とお香立てを持ってきた。ヒヨとソラもタオルを運ぶ。
「ちょっと荒いけど」
 ウィエはさっとお香を立て、彼女の鼻のすぐそばに置いた。むず、と鼻が反応する。そして、
「くさっ!」
 と言って、彼女は起き上がった。それを確認し、ウィエは“怪しいお香”を遠ざけた。慣れると良い香りなのだが、慣れていないとつんとくる匂いでなかなか辛いのだ。
 気を失っていたところで急に身体を起こした少女を激しい動悸が襲う。ヒヨは彼女の背中を撫でた。コダックたちが少女に抱き着き、せっかく拭いたところがまた濡れてしまう。
「とりあえず、うちに」
 ウィエが言うと、カクタも頷いた。

 なりゆきでヒヨもついてきていたが、時はすでに夕刻であった。昼間のヒヨとソラのように、少女はシャワーを浴び、キノココの顔がプリントされたシャツを着ていた。
「いったい何があったんだ」
「マボロシ島を散策して、それから……それから、どうしても思い出せなくて」
「わかった、無理はしなくていい。それで、コダックたちは君のポケモンだね」
「はい。エーコと、リータと……て、えっ!?」
 コダックの顔を確認した彼女は、突然驚きの声をあげた。
「キャンがいない……」
「キャン? ポケモン?」
「私、コダックを三羽持ってて……ボールも、空……」
 彼女は落胆した。ヒヨは慰めることもできず、困惑した。
「つまり、お嬢ちゃんは、マボロシ島を散策している途中、なんらかの海の猛威に襲われて、コダック三羽と逃げる途中カイナに打ち上げられたけど、うち一匹が行方不明、と」
 カクタが状況をまとめた。それで合っていると思います、と、彼女は力ない声で言った。
「私、どうしたら」
「できることはある」
 ヒヨの声に、少女は顔を上げた。
「私のクロバットやテッカニンなら、スピードもあるし、ポケモン探しには向いてる」
 それを聞いた少女は泣きそうな表情になった。
「ハンテールもいるぞ!」
「えっ」
「ホエルコも。海方面はバッチリさ」
 カクタは乗り気だが、内心勘弁してくれ、とウィエは思った。少女を三羽目のコダックに会わせたい気持ちはやまやまだが、一方で家を守る母親としても役割もある。面倒事には首を突っ込みたくないのだ。
「ソラもさがすよー!」
 そこで、子供の言葉がそれである。
「ソラは駄目よ。御留守番」
「えー、キャンが可哀そう! わからずや!」
 わからずや。その言葉が、ウィエの癪に障った。
「もう! 私は私で色々と……」
 ウィエが激昂しかけたとき、辺りには甘く懐かしい香りが漂った。ハスブレロがお香を立てたのだ。
「お花のお香……」
「ゲロゲーロ」
 その香りを嗅いで、ウィエは何度か深呼吸した。普段からカクタの強引さに振り回されているから、慣れっこといえばそうなのだ。
「ごめんなさい、私のために。でも、私もできるだけ大勢の方に協力してほしいと思っています。かくなるうえは」
「かくなるうえは?」
「お子さんの素敵な遊び場を提供しましょう。この砂浜に建つどの家よりも広くてきれいですよ」
 ね、と少女はコダックを見下ろした。コダックは笑って、ぐわ、ぐわと鳴いた。
 ソラにとってはもちろんだが、ウィエとカクタにとっても、それは魅力的な報酬のように思えた。もっと広いところでのびのびと遊ばせてやりたいが、毎日海だと洗濯が大変だ。かといって、他のレジャーを求めてまとまった旅費を稼ぐのは今の状態だと難しい。
「遊び場、この近くにあるのか?」
「どこにだって作れますよ。なんならホウエン中でも……」
 彼女の言葉で、ヒヨは、冒険好きなトレーナーが作っている“秘密基地”のことだと理解した。
「……わかったわ。明日、朝からでいいかしら?」
「協力してくれるのでしたら!」
 少女の目がぱっと輝いた。
 それじゃあお泊りの準備を、とカクタが言ったところで、少女はその言葉を遮った。
「ちゃちゃっとスペース見つけて、そこで一晩過ごします。そうだ、お姉さんもどうですか」
 お姉さんと話しかけられ、ヒヨは目を丸くした。彼女が見つけるスペースというのは、すなわち秘密基地のことなのだろうと推測し、それならば彼女の手際や基地の質も見定められると思い、じゃあご一緒していいかな、と答えた。
「決まりですね。私はカオリ。助けてくださって、本当にありがとうございます」


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