地方横断


 朝起きて、あたりを見回し、それでヒヨは昨日の出来事を思い出した。
 カオリのコダックたち――エーコとリータは、茂みにほんの少しの隙間を見つけるやいなや、あっという間に寝床を作ってしまったのである。昨日は睡魔もあってあまり細かいところには目がいかなかったが、長方形でカドまできれいに刈り込まれ、まるでどこかの庭園のようだった。
「キャンがいたら、床にももっとこだわれるんだけど」
 すでに起きていたカオリは、力なく言った。そのキャンと呼ばれたコダックは、今ここにはいない。
「……秘密基地のためにも、見つけないと」
「うん」
 さっと身支度をして、カオリとヒヨはソラの家へと向かう。秘密基地のあった場所は、またしてもコダックたちの技により、元の茂みに戻った。

 カイナの東側に広がる海は、激しい海流によって、東から西への流れが絶えない。ホエルコのナツでも、簡単には渡れない海だ。
「水陸空でいこう。……クロバット、お願い!」
 自分はすっかり大人の体型になってしまって、移動をクロバットに頼むこともなくなってしまったが、十一歳のカオリならばともに飛ぶことができる。カオリは空路から探すことを了承し、よろしくね、とクロバットに挨拶した。
「例えば、海は海でも深海なら海流は弱いんじゃないか? なあ、ハンテール、ナツ!」
 カクタがそう言うと、返事をするように、海からハンテールとホエルコのナツが顔を出した。二匹にとって深海散策はお手の物だ。
「まずは東を目指す。カオリの話からすると、マボロシ島はルネかキナギあたりの海に現れたみたいだからな、そこでキャンを探そう」
 カクタはハンテールに乗り、ウィエとソラはナツに乗った。
「わーい、うみたんけん!」
「今回はキャンを探すんだからね、あんまりはしゃいじゃ駄目よ」
「えー。はやく、カオリに遊び場つくってもらう!」
 カクタが二匹に”ダイビング”を指示し、三人もろとも深海へと潜っていった。
 かくして、その場にはヒヨのみが残った。
「となると、私は陸路か……マッスグマ、テッカニン!」
 ヒヨは素早い二匹を出した。
「キャンって名前のコダックを探すの。マッスグマは一緒に来て。テッカニンは私の近くを探して、何かあったらすぐに報告して」
「グオーン!」
「……ブーン」
 二匹の返事を受けて、ヒヨはその昔もらった自転車を組み立てた。
「コダックといえば、よく陸にもあがってる。マッスグマもテッカニンも、よろしくね」
 言って、ヒヨはマッハ自転車にまたがる。驚異的な速さで走る自転車だが、素早いマッスグマやテッカニンならそれについていけるどころか、ヒヨより体力の消耗は少ない。やはり頼れるのは素早いポケモンだ、とヒヨは思う。今連れているポケモンで未だモンスターボールに入りっぱなしなのは、クチートだけだった。

 三者が再会したのは、キナギタウンのすぐ北、ホウエン本土側の崖だった。北には送り火山が見えている。カクタ、カオリ、ヒヨが結果を報告する。
「深海を探した」
「空から探した」
「とりあえず東進した」
 それでも、キャンは見つからなかった。
「どこに行っちゃったんだろう……名前を呼べばいつもすぐに来てくれたのに」
「ヒヨちゃん、あと可能性があるならどこかしら?」
 ホエルコの上から、ウィエが話しかけた。崖の上のヒヨが黙考する。
 ソラたち家族やカオリは、ポケモンに乗っていたから探索もしやすかっただろう。対してヒヨは、足場の悪い陸路を無理矢理自転車で突っ切ってきたから、探索が甘いとすれば圧倒的にヒヨなのだ。
 そして、空からも把握しきれず、テッカニンやクロバットも思わず避けてしまうような場所。
「……熱帯雨林地帯だわ」
 送り火山の西からヒワマキシティの南まで広がる、ホウエン屈指の高温多雨地域。キャンがいるとすればそこではないか、とヒヨは考えた。
「なるほど、なら今度はみんなで探そう。ソラ、大丈夫か?」
「ソラもうちょっと頑張る」
 うとうとしつつも、ソラは言った。ナツの弾みとハンテールの体長のおかげで、ソラたち家族は崖の上にいくことができた。
「ハンテール、ナツ、お疲れ様。また会おう!」
 二匹は唸るような声を上げて、海底に沈んでいった。

 ウィエはまず、お香を取り出した。
「さざ波のお香と潮のお香。水ポケモンであれば、これらの香りを嫌うポケモンはまずいないわ。上手くいけばキャンちゃんもおびき寄せられるかも」
「なるほど。……じゃあ私も。カオリ、キャンの好きな味は?」
「キャンは……渋いものならなんでも食べるよ」
 よし、とヒヨは言って、ケースからいくつかの青いポロックを取り出した。
「クロバットも渋い味が好きだから、青いポロックはよく作るのよね。これをちょっとずつ落としながら行けば、迷子にならなくてすむし、キャンが来てくれたら……」
 渋いもの、と聞いて、ウィエはさざ波のお香をしまった。より大人っぽさがあり、渋いといえるのは潮のお香がたてる香りなのだ。
 足場も悪く危険なため、カクタはソラをおんぶした。かくして五人とポケモンたちは、熱帯雨林に足を踏み入れた。


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