黄色いぼうし


 ポケモンの気配を感じたとき、真っ先に動いたのはヒヨだった。反射神経と瞬発力には自信があり、ポロックとお香が醸し出す渋い香りに寄ってきたポケモンたちを次々追い払った。
「原因は私たちなんだからちょっと可哀想だけど」
「でもポロックはちゃんとあげてるじゃん」
 カオリが笑った。ポロックはテッカニンにも持たせており、ポケモンが襲ってくる前にテッカニンから渡すこともあれば、マッスグマとクロバットが軽く攻撃して、その去り際に渡すこともあった。
「このへんは深い熱帯雨林だから、人間である私たちはお邪魔してる立場だしね」
 ヒヨが言うと、一行が笑った。ソラは一眠りして、今はカクタの肩の上でご機嫌だ。また、様々な香料が見つかるこの一帯をウィエも楽しんでいる。
 なんとなく、距離感のある家族だと、ヒヨはずっと思っていた。家庭教師の立場であるからいちいち考えているわけではないが、二人とも他地方出身で、たどたどしいニホン語を話すからだとか、言語の壁だけではない何かがあると薄々感づいていたのだ。
 それが、今日はとても自然体だ。そうなるとヒヨもやりやすいと思った。
「ん、今度のポケモンは……」
 ヒヨはすぐさま気配を察知した。茂みが揺れるが、ポケモンは飛び出さない。
「ぎゃあっ濡れる! 避けて!」
 ヒヨが言うと、カクタとウィエがざっと避けた。足を狙った水タイプの技だ。
「足狙われるのが一番つらいって……でもこっちにはどんな足場も真っ直ぐいられる子がいるの! いくわよ、マッスグ……」
「待って、ヒヨ!」
 カオリはヒヨの指示を遮った。そして、今ヒヨたちが避けたあたりの地面を指さす。
「悪かった足場が平らになってる!」
「固い岩を狙って放ち、それを溶かして平らに。……また会えたね、キャン」
 その名前を聞いて、四人は素っ頓狂な声をあげた。茂みから一匹のコダック、キャンが顔を出す。頭には、コダックの形をした帽子を被っており、一瞬目が四つあるように見える。
「ぎゃーおばけー!」
 ソラはぎゅっと目を瞑ったが、カオリはキャンから帽子を受け取り、被った。
「これは私の帽子。間違いない、キャンね」
「グワアーッ!」
 カオリがしゃがむと、キャンが抱き着いた。他のコダック二羽もキャンの後ろから抱き付き、再会を喜んだ。
「よかった……」
「はい、皆さんのおかげです。本当にありがとうございました! ……でも、なんでこんなところに?」
 カオリが訊くと、近くで女性の声が聞こえた。コダックちゃん、どこに行っちゃったの、との呼び声を聞き取り、カオリは手を振った。
「ここです、ここです!」
「あら、なにか深みのある渋い香りがすると思ってたら……」
 女性は木の陰から顔を出した。木漏れ日に照らされて、黒い髪黒い目で落ち着いた身なりの女性だとわかる。
「私、このコダックのトレーナーなんです。キャンっていうんですよ。あなたがキャンを見つけてくれたんですか?」
「見つけたというか、見つけられたというか……彼女、とても必死そうだったわ」
「必死?」
 ヒヨが聞くと、女性は両腕を挙げた。茂みから顔を出したのは、彼女に抱きかかえられたタマゴだった。
「ここじゃなんだから……まずはうちに。おいで、こっちよ」

 道中でカヤナと名乗った女性は、小さな花屋を経営していた。色とりどりの花の向こうに送り火山が見える。ソラとウィエが目を輝かせる。木製の椅子に一行を促し、カヤナはハーブティーを出した。コダックのエーコとリータは同席したが、他のポケモンたちは表で駆け回ったり、木の実を食べて一休みしたりしていた。
「キャンちゃんは、私を見るなりものすごい声で鳴いて。すごく疲れてるみたいだったけど、その時もずっとこのタマゴを抱きかかえて放そうとはしなかったわ」
 そのタマゴは、まだ当分孵りそうにはなかったが、時々ぴくりと動くことがあった。赤と青の模様からしても、ポケモンのタマゴであることは間違いない。
「ひどく荒れた天気だったから、キャンちゃんもタマゴも波にさらわれて、そしてどこかで会ったのかも」
 そして、あなたたちも。と、カヤナはカオリとコダックたちを見て言った。
「すごいね、がんばったね!」
 つかの間の沈黙を破ったのはソラだった。キャンを撫でて、それからタマゴを見た。
「どんな子がうまれるんだろう。ソラ、おねーちゃんになれるかな?」
「えー、ソラがおねーちゃん?」
 ヒヨが言うと、テーブルが笑いに包まれた。


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