お引越し


 コダック三羽とトレーナーを、ウィエたちは固唾を呑んで見守っていた。ヒヨだけが確信したかのように笑う。
「いくよっ、”ひみつのちから”!」
 カオリの掛け声とともに、三羽は息を合わせて動き出す。ウィエたちが唖然とする中、しっかり一つの”秘密基地”を仕上げた。
「三人家族ですから、広さを確保できる場所を選びました。何層にも重なった葉が夏は涼しく冬は暖かくしてくれます。床は板張りにしました」
「ほー!」
 カクタが感嘆の声をあげる。中に入った途端ソラは大はしゃぎで、駆け回ってから床に寝転ぶ。ウィエはよく切りそろえられた葉の壁に感動し、カクタは何より広さが気に入った。
「おうちより広いよ! ソラ、ここに住みたい」
「住む……ねぇ」
 ウィエは視線を泳がせた。確かに、ここは広いし、育ち盛りのソラも伸び伸びと過ごせるだろう。
 しかしここはカイナの北西部で、カイナ南部の砂浜にある家からは距離があり、引っ越しの費用がかかる。それに、海辺から山の手となると、ライフスタイルも変わり、互いに海辺や砂地で暮らしていたウィエやカクタはしばらく不自由となるに違いない。そういうことを、ウィエはソラとカオリに話した。
「健康に良いのは違いないんだけど」
「うーん、そういうことですか。秘密基地は秘密基地なんですけど、実際に家として住んでる人もいますから、住むこと自体は問題ないと思います。あとは費用とライフスタイルですか……そうですね、私にもできることがあるかもしれません」
「できることって?」
「そう! コダックたちは秘密基地を作るのが得意ですが、私にも得意なことがあるんです。つまりは”グッズがちゃがちゃ”です!」
「グッズがちゃがちゃ?」
 ウィエとカクタが首を傾げた。カオリは工作するジェスチャーをしながら続ける。
「こう、がちゃがちゃこん、ぽーいっと。……はい、海を思わせる素敵な絨毯ができましたー」
「す、すごい!」
 “ひみつのちから”も驚きであったが、カオリの”グッズがちゃがちゃ”はそれと同等の衝撃をもたらした。ソラたち家族にだけではない、それを初めて目の当りにしたヒヨにもだ。
「大体、あるものを組み合わせたら大抵の家具は作れますよ。でも、どうしても集中力が切れちゃうので、作れるのは一日ひとつまでなんです。だから、ここを秘密基地とするか家とするか、決まったらまた言ってくださいね」
 カオリはそう言ったが、彼女の技術を目の当たりにしたウィエとカクタは、ほぼ決意したようなものだった。
 砂浜の家に戻ってからソラと三人で話し合い、翌日、できれば引っ越して住みたいのだが費用はいくらか、基地でカオリに問うた。カオリはそれにはっきり答えることなく立ち上がった。
「そうですか、わかりました。では砂浜にレッツゴー」
「え、どういうこと」
 ウィエが訊いたが、カオリは微笑んで歩き出した。まあ、ついてきなよ、そう言っているようだった。

 その後のカオリは行動力に溢れていた。砂浜のソラたちの家で家具を分解して運び、秘密基地で組みなおす。新たにできた家具は、どれも山の手の暮らしに合ったつくりをしていた。
「そして極め付けがこれです! みなさんお手伝いありがとうございました!」
 その日、カオリは“グッズがちゃがちゃ”で作り出したものを自慢げに指す。それは家族全員で入ってもスペースが余るぐらいの広さがあるバスタブだった。
「お二人とも外国の方なんですかね、あちらの家にはシャワーしかありませんでしたが。でも、お風呂もいいものですよ。それに水を入れればプールにだってなります」
 作業を手伝ったソラとハスブレロは、その説明に手をとりあって喜んだ。ウィエのハスブレロは海水が苦手で、ソラとはあまり遊べていなかったのだ。
 それから、カオリはもはや「家」の様相を呈している基地内を移動し、家具の説明をした。
「カクタさんはサーフィンがご趣味のようなので、ここに専用のクロゼットを。ここにまとめてしまっておけば衛生上気持ちが良いですね。ウィエさんは今まで洗濯物を部屋干ししていたんじゃないですか? 潮風がないと外でも干せますよ」
「私、故郷でも部屋干ししかしたことないんだけど……」
「それならそれでスペースはあります。でもせっかく南向きに間取りをとったので、たまにはお外に干して、お日さまのにおいに包まれたお洋服やお布団に包まれるのもいいと思いますよ」
 今までの家族のライフスタイルを理解し、インテリアに取り入れたうえで新しいスタイルを提供するカオリに、ソラたち三人はもはや言葉も出なかった。
「こ、こんなに……してもらって」
 ようやくウィエが言葉を紡ぐと、三羽のコダックがぐわ、ぐわと答えた。
「だって、キャンを一緒に探してくれたじゃないですか。それにみんな揃ってたら文殊の知恵も湧きましょうて。久しぶりに大きな基地を作れて、私とっても嬉しいんですよ」
 ウィエが瞳を潤ませると、なんで泣いてるの、とソラが見上げて言った。
「お母さんね、とっても嬉しいの。嬉しいから泣いてるのよ」
「カオリちゃん、ありがとう」
「コダックたちもー! ほらっ」
 ソラが呼ぶと、作業中にすっかり仲良くなったコダックたちが寄ってくる。ソラはトレジャーメールをかざし、元気な三匹を帳面に焼き付けた。

 ここが、新しいアワーホームだ!
 腕を広げて、カクタは言った。


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