一歩踏み出すと、砂が舞った。
 乾燥帯は乾燥帯でも、わかりやすい砂漠気候。どこまで行っても雲がなく、天候が安定しない高地とは明らかに違う場所に来たとわかる。
「ほれ見てみろクリムガン! 大陸中から強いトレーナーが集まる……オーレ地方だ」
 彼らが目指すオーレコロシアムはここからさらに南、海岸付近にある。感慨に浸るのもつかの間、彼らはまた走り出した。

 
聖なる山、バトルの申し子


 スタンドに入ってしばらく経つが、カグロには未だ目に違和感を持っていた。カウンターには、チキンフィレサンドと、道中で出会った少女がくれたゴーグルが置いてある。
「イッシュから何日も歩いてくるなんて……確かにすごいけど、オーレは砂漠なんだからゴーグルは用意しとかないと」
 少女がカグロを覗き込む。首をかしげると、長い金髪が少しスモークブルーの瞳にかかった。
「誰にも見つけられないと、どうなっていたことか。助かったよ」
「お礼はいいからまずは食べなよ」
 言って、少女はベーコンエッグサンドを頬張った。ジュークボックスが奏でる懐かしい音に合わせ、彼女のポケモンらしきワタッコが身を揺らしている。カグロが彼女に会ったとき、彼女はワタッコをナポレオンと呼んでいた。
 カグロも、チキンフィレサンドを口に運ぶ。一度噛むと、食欲もわいた。時計を見ると、午後二時を指していた。
「砂漠は今が一番熱いし、休憩はスタンドに限るね。エアコンもついてるし!」
「はは、いつものようにゆっくりしてってくれよ」
「……それもいいけど。今日は私バトルしたいかな」
 と言って、また彼女は視線をカグロに向ける。ワタッコも、彼女のそばに来た。
 間近で見て、カグロは肌で感じた。このワタッコ、よく育てられている。

 貨物列車の廃車をそのまま店舗としたスタンドの前には、バトルをするのにちょうどよい広さのアスファルトがあった。
「バトル、受けてくれてありがとう。私はヘーゼル。オーレコロシアムに行くっていうから、きっと強いんだろうって!」
「それはどうも。俺はカグロ、早速いこう。……ネオラント!」
「ネオラント、ねえ。それじゃあこの子でいこうかな。おいで、ワニノコ!」
 カグロからポケモンを呼んだにもかかわらず、ヘーゼルの初手は、ネオラントと同じ水タイプのワニノコであった。
 それに、ワニノコはまだ幼いのか、それほどレベルが高くないようにもカグロには思えた。しかし彼女のワタッコを見る限り、トレーナーとしてのキャリアは浅くないように思える。何かの作戦かもしれないから油断はしないように、と、カグロは自身に言い聞かせた。
「“甘える”」
 進化前だからそもそも体力はない、と考えると、まずは攻撃を下げるのが最適と思い、カグロはネオラントに指示した。ネオラントの表情や動きにワニノコは一瞬怯んだが、一度目をぎゅっと瞑ると、ネオラントを鋭く睨みつけた。
「ならばこっちも防御を下げる!」
「なるほどな。“波乗り”」
 ネオラントは得意の水技を繰り出すが、ここは砂漠だ。慣れない地ではコントロールが効きにくい。ワニノコはそのフットワークを活かし、波の一番強いところを避けるように動いた。
「“噛み砕く”!」
 ネオラントの“甘える”を受けているため、そこまでの強さはなかったが、ネオラントとて防御が下がっている。大したダメージにはならなかったが、珍しい技を持ち、そして上手くコントロールできていることにカグロは驚いた。
「……やるな」
「まだいくわよ!」

 最後までワニノコには勢いがあったが、そこはポケモンのキャリアが決着をつけた。スタンドから店主が出てきて、二人と二匹に拍手する。
「良いバトルだ! 回復していきな」
 言って、ポケモンが元気になる道具をずらりと並べる。それで、ネオラントもワニノコもすぐ元気になった。
「決まりだな、ヘーゼル」
「ええ、彼になら託せる」
 託せる。その言葉の意味がわからず、なんの話だ、とカグロは言った。ヘーゼルはワニノコに目配せし、ワニノコはスタンドを背に立った。
「バトル後すぐだけど……いけるかしら」
「ガウ」
 ワニノコは一度深呼吸して、集中力を高めた。
 そのとき、砂が舞った。
 砂漠では日常的なことだが、そうではない。まるでワニノコの気持ちに呼応するように、砂が渦巻き、地がうなる。
「これは……」
「いくよ! “ハイドロカノン”!」
 ヘーゼルが言い放つと、乾燥帯であるはずの砂漠で、大きな水流が沸き起こった。さきほどの“波乗り”とはけた違いのパワーだ。
 その技によって、砂の湿りによる長い道ができあがった。ワニノコの前から真っ直ぐ、地平線のかなたまで伸びている。
「相変わらず見事なもんだなー、おったまげたぁ」
 そう言ったのは店主だろうが、カグロはその道に目が釘付けであった。“ハイドロカノン”は、本来ワニノコの最終進化系であるオーダイル、それもかなり強く鍛えられた個体でしか放てない技だ。それを、幼いワニノコが。
 ヘーゼルはカグロの反応に満足したのか、にいと笑って、言った。
「それじゃ、行きましょうか。オーレコロシアムに」

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