そびえ立つ岩々が表すのは、この地のポケモンの逞しさか、強さを求めるトレーナーの渇望か。とにかく、掌を模した岩石群の中に、オーレコロシアムは収まっていた。
 詳しいことは話したとおりだから、と言って、ヘーゼルはカグロに一つのボールを差し出した。カグロは恐る恐る受け取る。
「バトル山生まれのポケモンたちと、タマゴ、か」
 カグロは北西を見た。砂漠の向こうに山があり、噴煙もうっすらと見える。
「よし。出てこい、チコリータ」
 カグロがボールを投げると、小さなチコリータがぴょんと出てくる。カグロのほうを振り向いて、チコ、とないた。
「お前たちの意志はヘーゼルから聞いた」
「チコ」
 愛嬌あるチコリータは、カグロの言葉で真剣な表情になった。
「バトル山で何者かにポケモンのタマゴを盗まれた。バトル山生まれのチコリータ、ワニノコ、ヒノアラシの三匹は、忙しいバトル山マスターたちに代わって、ヘーゼルとともにタマゴの奪還を仰せつかった」
「チコ」
「その時の手がかりから考えた。タマゴを盗んだ者はオーレコロシアムに向かった、と。……それじゃあ、まずはチコリータ、お前の力を見せてくれ。“ハードプラント”」
 チコリータはコロシアムから少し離れ、ワニノコと同じように集中力を高めた。頭の葉っぱを一振りして跳ぶと、尖った植物がいくつも砂から顔を出した。
「勢いが足りない。ここは砂漠だ!」
「カグロ!」
「チコッ」
 カグロの声にヘーゼルは心配するが、チコリータはカグロの言葉を受けて、より集中力を高める。その植物はある程度せり上がったところで、くにゃりと萎えてしまった。
「……まだまだだ。ここはバトル山じゃない、環境の違いに戸惑うところもある」
「チコ……」
「だが、進化前の状態にしてこの技をここまでコントロールできるのは驚いた。同郷としてまだ見ぬ仲間を取り戻したい思いは俺にもわかる。だから……チコリータさえよければ、俺もいちトレーナーとして協力しよう」
「チコ!」
「カグロ! よかった」
 ヘーゼルは目を輝かせ、チコリータはカグロに向かってぴょいと跳んだ。カグロはチコリータを受け止め、一人と一匹に、よろしく、と言った。

 翌日のセットへ出場を申し込み、カグロとヘーゼルは観客席についた。チコリータとワニノコ一緒で、膝の上にちょこんと座っている。
 わざわざこんな難所のコロシアムに来るぐらいだから、挑戦者はハングリー精神に溢れ、目もぎらぎらしている。しかし、ここオーレコロシアムが真剣勝負師に人気が出た理由は他にもあった。
「キュウコン、“守る”。フライゴン、“地震”!」
 青コーナーのトレーナーが二匹のポケモンに指示した。オーレコロシアムに限らず、オーレ地方では敵味方二匹ずつがフィールドに立つ、ダブルバトルが主流だ。ダブルバトルが盛んとなった理由は諸説あるが、今現在、ポケモンバトルの最高峰である世界リーグ、ポケモンワールドチャンピオンシップスは、ルールとしてダブルバトルを採用している。そのため、他地方からでもダブルバトルの強者との対戦を求めてやってくる人が多いのだ。
「すごい! 相手、二匹とも戦闘不能」
「地震の他にも、大爆発なんかも使えるな……大ダメージを与える戦法が良さそうだ」
「カグロ、ダブルはどのくらいできるの?」
「イッシュ地方のバトルサブウェイで学んだ程度。普段は主にシングルだからな」
「私からしたら、シングルメインっていうほうが不思議なんだけどね。また色々教えてよ」
「ああ」
 赤コーナーのトレーナーは、次のポケモンを繰り出した。まだまだ決着はついていない。

 試合が終わって観客がぽつぽつと去っていく中、ヘーゼルは呆然としていた。その隣でカグロが黙考する。
 勝利したのは赤コーナーのトレーナーだった。初っ端から二匹戦闘不能にされたにも関わらず、相手の流れにまかされることなく残り二匹で勝利まで持っていったのだ。
「あのポケモン……クリムガンだったっけ。すごかったね……」
「恐らく特性は“ちからずく”だな。攻撃技も豊富だった。しかし進化しないクリムガンであれほどまで……ん」
 カグロが気づいたときには、さっきまで呆然としていたヘーゼルはいなかった。振り返ると、揺れる金髪がみるみる小さくなっていった。
「ヘーゼル、どうした?」
 真っ先に追いかけはじめたのはワニノコだった。カグロとチコリータも追う。
 しばらく階段を下りると、姿が見えないものの階下からヘーゼルの声が聞こえた。
「あの、カシスさん、ですよね。この子たちの話、聞いてもらえませんか!」
 ヘーゼルは息も切れ切れに言った。カグロが追いつくと、ヘーゼルの前には、先ほどまで赤コーナーに立っていたトレーナー――短い橙色の髪に健康的な色の肌をした、カグロより一回りは年上の男性、カシスがいた。
 この子たち、と言われて、チコリータとワニノコが並ぶ。その必死そうな目を見て、カシスは数度瞬きして、笑った。
「そんなに急ぐもんじゃない、ポケモンの回復もあるしな」

⇒NEXT 150109