ポケモンセンターのロビーでは、乱雑に散らかった新聞紙を掃除人が片づけていた。年季の入ったソファに、カグロ、ヘーゼル、そしてカシスの順に座った。
「カシスさん。相当実力のあるトレーナーであるとみて、私とバトル山のポケモンたちからお願いがあるんです」
 言って、ヘーゼルはバトル山から来た三匹目のポケモンを出した。出てきたヒノアラシは、背から炎をぼっと燃やす。
 ヘーゼルは、カグロの時と同じように、事情をカシスに話した。冷静に話すヘーゼルのそばで、ヒノアラシは急かすようだった。
「うーん、気持ちはわかるけどなぁ……おれが期待に応えられるかはちょっと」
「ええ、でも!」
「他にも強いトレーナーはいるだろう、別におれじゃなくてもいいんじゃないか」
 カシスがそう言ったとき、彼はジョーイから呼ばれた。クリムガンたちが回復したのだ。
「それじゃあな、グッドラック」
 去りゆくカシスの後頭部を見て、ヘーゼルは口をへの字にした。

 二匹がヒノアラシを励ますのは、カグロがヘーゼルを励ますより時間がかかった。二匹が穏やかな声をかければ落ち込み、元気な声をかければそっぽを向く。
「この子、妙にこだわりが強くて」
「ああ、わかるよ」
 砂漠の向こうにバトル山が見える。風も止んでいて、噴煙がはっきりと見えた。炎タイプのヒノアラシは、他の二匹に比べバトル山により相関がある。もちろん、下腹部は緑に恵まれ地下は透き通った水が流れているのだが、やはりぱっと見た印象にかなうものはない。
 噴煙を遠目に見ながら、ヒノアラシは背の炎を燃やす。意図がわかり、ヘーゼルはやめなさい、と声をかけた。
「グルアー!」
「やっぱり! “ブラストバーン”よ、離れて!」
 からっと晴れた砂漠で、こんな大技をされてしまえばたまったものではない。辺りはたちまち熱気に包まれ、二人とチコリータは頭がくらくらし出した。ワニノコだけは平気で、ヒノアラシをじっと見つめている。
 火柱が幾本も立つ。天候も手伝って、威力はハイドロカノンやハードプラントより上だ。カグロは朦朧とした意識で、なおヒノアラシを、ブラストバーンを見ようとする。それを見たヘーゼルとチコリータも、赤い炎に包まれたヒノアラシをどうにか捉えようと目を見開いた。
「それがあなたの心……」
 ヒノアラシはひとつないて、どこかへと駆けていった。
「あ、待って!」
 ヘーゼルは追いかけようとしたが、頭がぼうっとしていてすぐにヒノアラシの像を掴めない。ワニノコが頷いて、ヒノアラシを追った。

 ○

 幼いなぁ、とカシスが言った。
 ヘーゼルやカグロの反応を見たヒノアラシは、カシスを見つけ、同じ技を放った。離れたところでワニノコが止めろと声をあげたが、ヒノアラシには聞こえない。
 全身全霊をかけて放った技なのに、カシスからの言葉はそんなもので、ヒノアラシは反動もあって砂塵にくずおれた。
「技、見てたし聞こえてた。おれ以外に見えた奴もいるんじゃないかな。さすがに二連続は耐えられないだろう、自分の限界は知っておかないと」
 ヒノアラシは虫の息だったが、首を横にふる。そんな言葉は聞きたくなかったし、受け入れたくなかった。
「……さすがに暑いな」
 カシスはリストバンドで汗を拭いた。ブラストバーンを目の前で披露しても、カシスは少し暑がるだけで、カグロやヘーゼルのように、ふらついたり、視界がぼやけたりはしない。ヒノアラシはそこが不可解だったが、カシスのボールから出てきたポケモンを見て、納得した。
 ある地方では伝説とも呼ばれる炎タイプのポケモン、ウインディだった。その優雅な鬣が砂漠の青空に映え、より堂々とした姿を見せる。真下から見上げているヒノアラシにとっては尚のことだ。
 敵わない。ヒノアラシは、カシスとウインディ、両者に対して思う。このポケモンをパートナーとし、ともにバトルしているからこそ、カシスは熱気にも慣れているのだ。
「ウインディ、ヒノアラシを」
「ガウ」
 ウインディはその場に伏せ、ヒノアラシをそうっと撫でる。渇いてしまったポケモンに、また熱を与えるように。何度も立ち上がって、戦えるように。
「お前の意志はわかった」
 カシスが言うと、ヒノアラシは顔を上げた。カシスはあくまで厳しい表情を崩さずに言う。
「オーレコロシアムの戦いはおれの戦いでもある、だからベストなメンバーで挑みたい。お前は……このウインディとやり合えるか?」

⇒NEXT 150113