カグロがフィールドに立ったとき、カシスは傍らにウインディを連れていた。はじめから手持ちを見せるのは不利ではないのか、もしくは見せつけているのか、とカグロは思う。ルール的にはありなのか、とカグロが審判に訊くと、審判は問題ない、と返した。それでもフェアなバトルを好むカグロは納得がいかず、ウインディの存在を訝しんだ。
 しかし、カグロの予想は外れた。
 相手の手持ちを二匹倒したとき、カシスが繰り出したのは、あのヒノアラシだったのだ。
 この熱狂の中、小さな身体が似つかわしくないと思うほどだったが、ヒノアラシは燃えていた。物理的にだけじゃない、熱気に負けないくらいの存在感を放っていた。その姿を見て、今まで気合の入り切っていないところがあったチコリータも、闘争心が掻き立てられる。
「思いっきり暴れろ、ヒノアラシ!」
「グルア!」
「やっと戦えるな、チコリータ。ミロカロスも頼むぞ」

 互いに戦い抜いた。ベストを尽くしたから悔いはない、とはこの時のためにある言葉とすら思えた。それは誰が見ても名勝負であった。
「よって勝者は……カシス!」
 わぁっとコロシアムが盛り上がった。カシスを称賛する声の中に、最後まで戦ったカグロとポケモンたちを称える声もあった。
 完敗だ、カグロは思った。
「このヒノアラシは」
 カシスはカグロに話しかける。チコリータにねぎらいの声をかけ、ボールに戻したカグロは、素直な気持ちでカシスを見た。
「攻撃力と素早さに優れているが、なにぶん体力がない。ここは進化前ポケモンのさだめだな。だから、決勝トーナメントでだけと決めていたんだ」
 カシスはウインディのほうを振り向き、叫んだ。
「ウインディよ! 小さな後輩はどうだったか!」
ウインディは、ガル、とないて、一つ頷いた。選出されていない、ギャラリーとしてのポケモンであったから審判も許可を出したのか、とカグロはそこで気が付いた。

バトルが終わった後のヘーゼルは青い顔をしていた。
「あの人……」
「思い当たるところでもあったのか」
「マルマインを持ってた。バトル山マスターのお二方が言っていたポケモンと被るの」
 ヘーゼルはバトル山での状況を話した。バトル山マスターのムゲンサイとムゲンダイは、そんな簡単に負けるトレーナーではない。そんな二人に不利になるよう、夜更けに忍び込んだトレーナーは、タマゴを抱えて、丸いポケモンに”大爆発”を指示した――
「なかなかえぐいな」
「守ろうとしたワニノコたちも倒れちゃった。ポケモンはすぐボールに戻されたから、それしか手がかりもなかった……マルマインって言われたら納得できる」
「確かにな」
 ヘーゼルの思いを理解しつつも、カグロに返せたのはその言葉だけだった。二人とも負けてしまったから、あとはカシスとミスター・Rの試合を見守るだけしかできない。

 今日の勝負は熱いな、特に決勝トーナメントからは目が離せない、という観客の会話を、同じく客席に座っていたカグロとヘーゼルも聞いていた。
 フィールドでは、すでにカシスとミスター・Rが対峙していた。初手はどうするのか、注目が集まる。
「頼んだ、トリデプス、キノガッサ!」
「……マルマイン、ミカルゲ」
 四匹のポケモンを見比べて、カグロは思った。――まるで互いのことをよく知っているかのようなチームだと。
 カシスのキノガッサは素早い動きが自慢で、誰より早く“キノコのほうし”を撒き、相手の動きを封じる。カグロも苦戦させられた。対し、マルマインならば、他のほとんどのポケモンより早く動けるから、先に“大爆発”をしてしまえば、キノガッサは倒せるだろう。しかしトリデプスはどうだろうか。岩・鋼と、ノーマルタイプの技に強い耐性を持つトリデプスなら、大技もものともしないだろう。
 少なくともこのコロシアムで、互いのチームは初見のはずである。どこか他の場所やツールで知る機会があったのか、それとも。
「……ったく、やりにくい相手だ」
「時間なんていくらかかってもいい、楽しもうぜ」
 トレーナー同士の掛け声は、観客には届かない。

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