大胆な初手だった。相手にトリデプスがいるから、マルマインは“大爆発”してこないだろう、とカグロは思ったのだが、その読みが外れたのだ。しかし、これでキノガッサは倒れたから、ミスター・R側は眠り状態に悩まされることもない。
「ミスター・R……余裕そうね。マルマインが倒れたのに。トリデプスは少しダメージ……あ、ひょっとして、あのトリデプスの特性!」
「そうか、“頑丈”か」
 もともと耐久の高いポケモンであるため、一撃で倒されること自体があまりないトリデプスだが、特性を忘れていると痛い目に逢う。
 その後、そのターンはミカルゲの“鬼火”でトリデプスがやけどを負ったが、持っていたラムの実で回復し、“ステルスロック”を撒いた。さきほどの爆発に比べ堅実なバトル展開だ。
「よし、いくぞクリムガン!」
「やってやれ、ゴローニャ」
 互いの三匹目のポケモンがフィールドに立った。またしても厄介だ、とカグロは思う。ゴローニャの地面技は、トリデプスに四倍のダメージを与えられるし、居座られるとヒノアラシも危ない。
「トリデプス、“守る”! クリムガンは“地ならし”!」
「ゴローニャ“地震”。ミカルゲは……」
 “不意打ち”だった。地ならしを始めようと屈んだクリムガンの背中を狙った一撃はきれいにヒットした。しかし、クリムガンが地ならしするとミカルゲも委縮し、ゴローニャにも大きなダメージとなった。
 ゴローニャは踏みとどまり、クリムガンのテンポとは微妙にずらして地を揺らす。“地震”だ。
「ああ、クリムガン!」
「耐えられまい」
 一ターンに二つの技を受け、クリムガンは倒れた。一方で、タテトプスは守りを解除するが、苦手な地面技を二度も見てしまったため冷や汗をかいていた。
「よし、ヒノアラシ!」
 出てきたヒノアラシは、今までのどの試合より勇ましく見えた。

 そんなポケモンで何ができる、ウインディを出しておけばいいものを、とミスター・Rは言った。
「悪いな、俺は自分の目標を果たしつつこいつの頑張りにも応えるって決めたんだ」
「……ふざけたことを」
 口の動きだけ見て、ヘーゼルが言う。
「さっきから何真剣に話してるのかしら。カシスさん、ミスター・Rと知り合いだったりして……?」
「わからない。けど、確実に何かあるな」

「ヒノアラシ、“守る”だ」
 カシスの指示を受け、ヒノアラシは守りを張った。
 ヒノアラシを囲む守りを見て、次のターンで終わる、とカグロは言った。“守る”は、連続で出すと失敗しやすい。能力が低く、“ブラストバーン”で相手にダメージを与えるだけの役割。それでも、カシスは彼を選んだ。
(勝機はあるのか)
「トリデプス、“地震”!」
 クリムガンの“地ならし”で、ゴローニャ、ミカルゲともに素早さが下がっていたから、このターンはトリデプスの先制となった。
 しかし。
「ゴローニャ、“守る”」
 すんでのところで攻撃から身を守る。ミカルゲは体力が尽きたのか、自らを縛る石の中へ引っ込んだ。
「最後の一匹は……こいつだ、ジュゴン」
 また弱点を突いてくる!
カグロははやる気持ちを抑える。今はただの観客だ。
「“絶対零度”」
 命中率の低い必殺技をいきなり放つ。その冷気はトリデプスに届き、いくら防御に優れているとて耐えられるものではなかった。
 かくして、カシスの立つ赤コーナーのポケモンはヒノアラシのみになった。ヒノアラシの視線の先には、自分よりもずっと図体の大きい、ゴローニャとジュゴンがいた。
「“ブラストバーン”!」
 そのような状況下でも、ヒノアラシの闘志は揺らぐことがない。対象はジュゴンであった。その大技に観客がざわつく。普通、ヒノアラシにコントロールしきれる技ではない。
 豪快な火柱が、オーレコロシアムを囲む岩石群より高く伸びる。それに捕らわれたジュゴンは、ひとたまりもなかった。
「すごい……!」
「でもまだゴローニャがいる」
「“地震”だ」
 ミスター・Rの指示を受け、ゴローニャはまた地面を揺らす。ただでさえ、ヒノアラシは自身が放った大技の反動で動くことが困難になっている。しかし、ヒノアラシの体力がみるみる消耗しても、カシスは表情ひとつ変えない。
「そうか、持ち物はやはり“気合いのタスキ”……」
「でも、“ブラストバーン”じゃ、ゴローニャにはいまひとつよ。……」
 そこでヘーゼルが言いよどむ。カグロは続きを促した。
「いえ、まだあったわ。バトル山の三匹は、高威力の伝承技のほかに……遺伝でしか覚えられない技も使える。ワニノコは“噛み砕く”、チコリータは“原子の力”。そして、ヒノアラシは……」
 攻撃の反動と自身の技に耐え、ヒノアラシはにやりと笑った。
「“起死回生”!」
 ヘーゼルとカシスの発声はほぼ同時であった。ヒノアラシはだん、と地を蹴り、ゴローニャへと一直線に突進した。

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