その後も、ふらつきながらも立ち続ける。
「ウィナー、カシス!」
 その実況とともに、客席は今までで一番の盛り上がりを見せた。観客がカシスとヒノアラシに注目する中、カグロとヘーゼルは階段を降り、バトルフィールドへと近づいた。
「何も……ずに……なんて……じゃないか、俺もイ……もまだいるってのに」
 カシスの問いに、ミスター・Rはただ視線で答える。やれやれ、とカシスが肩を落とした時、カグロとヘーゼル、そしてチコリータとワニノコに気づき、手招きした。
「この面子……タマゴだな」
「やっぱりあなただったの」
 その言葉に、チコリータとワニノコは敵意を向けたが、その二匹はカグロが宥めた。
「ミスター・R……そう名乗ろうものなら、トレーナーカード登録時にはじかれるな。一体何があった」
「そうだなぁ、何があったか、っていうと……こいつは戦友だった男だ」
 戦友。
 その言葉が持つ、明るさとほんの少しの束縛を感じて、カグロは口をつぐんだ。
「なあ、ラント」
 ミスター・Rは「ラント」と呼ばれ、反応した。おそらくこれが真の名なのだろう、と、カグロとヘーゼルは思う。
「少なくとも俺はそう思ってたぜ。ともにブレーンを目指す戦友だと」
「……俺もだ。だけど、俺は途中でやめた。夢破れたから、トレーナーカードの経歴も消した。それでも……」
 強いポケモンへの執着は変わらなかった。
 カグロにもヘーゼルにも、カシスとラントが言うところの意味を全て理解できるわけではない。ただ、ブレーンという言葉が、世界に数か所あるバトル施設、バトルフロンティアのトップを占めるトレーナーの肩書であることは知っていた。そして、ブレーンになるには、かなりの知識と鍛錬が必要であるということも。
 ともにブレーンを目指す戦友。カグロにはとても甘美な響きに思えた。そんな二人が、なぜ。
「俺には届かなかったってだけだ」
 そこで、ラントはタマゴを出して、ヘーゼルに渡した。カシスは微笑むが、ヘーゼルにはほんの少し、罪悪感があった。
 そんな二人の、神聖ともいえる決戦に介入してしまったのだ。
「気にするなよ」
 ヘーゼルの心を見透かしたかのように、カシスが言った。
「ヒノアラシ、ナイスファイトだったぞ。ウインディも、若いポケモンにバトルを教えることで、また成長できた」
「カシスさん」
「オーレコロシアムで、新たな友を見つけた」
 カシスは五つの巨石を順に見て、それから視線を、カグロ、ヘーゼル、チコリータ、ワニノコ、そしてヒノアラシへとうつした。
「トレーナーなんて一期一会だ。俺も大人げなかったよ。だけど……」
 最後に、ラントに視線を向け、カシスは言った。
「お前とはまた、バトルがしたいな」

 バトル山の頂上で、ヘーゼルはマスターの二人にことのあらましを話した。隣にはカグロもいる。
「なるほどのう、ご苦労じゃった。三匹の目もきらきらしておるわい」
「それじゃあ、ヘーゼル、お前さんの行動力をたたえて、もう一つ頼みごとを聞いてもらいたい」
 ムゲンダイの言葉に、ヘーゼルは首を傾げる。
「このタマゴの、新たなトレーナーを探しておくれ。できれば、特別な技なんかにこだわらない、新人トレーナーで」
「ええっ!?」
せっかく取り戻したのに、とヘーゼルは言うが、ムゲンダイの隣にいたムゲンサイは頷いた。
「ワシもそれがいいと思っておったんじゃ」
「ムゲンサイさんまで……」
 その決定に、三匹はなにかを呟き、話し合ったが、すぐにマスター二人を見上げて、笑った。
「何かの縁ということもある。一度外に持ち出された時点で、こいつはバトル山で生まれ育つべきではなかった……とかな」
「どうせそいつはすぐには孵らん。旅費はこちらで用意しよう」
「えっ、本当ですか」
 旅行となると、ヘーゼルは色々想像してしまった。砂漠と山地がほとんどのオーレ地方もとても好きだが、一度外の世界を見てみたいとも思っていた。
「それでは……縁を信じて。承ります。素敵なトレーナーのもとへ行けるように」
「おーけーじゃ。隣ののっぽさん……カグロじゃったかの。世話になった」
「いえ。私も色々と面白いものを見させてもらったので」
 そう答えるカグロを、チコリータが見上げる。
「チコ」
「進化前のポケモンを真剣勝負で使うなんて、なかなか新鮮だった。楽しかったよ、また……また、俺のポケモンとも戦ってくれ」
「チコ!」
 言って、チコリータはぴょんと跳ねた。それから、火口に向けて“ハードプラント”を放つ。それを見たヒノアラシとワニノコも、伝承技で真似した。
「おーい、噴火でもさせる気か」
「チコー!」
「すっかりやる気になってもうて。まあ若い証拠じゃの。ヘーゼル、カグロ、今よりもっと……そうじゃの、そのカシスとかいうトレーナーより強くなったと思ったら、挑戦を受けよう」
「その頃には、彼ら三匹も、もっと強くなっておるじゃろうて」
「……はい」
 カグロとヘーゼルは異口同音に言った。
 バトル山生まれの、バトルしか知らないポケモンたち。まだ見ぬ四匹目のポケモンにトレーナー。強さを求める道に、終わりなんてない。

 150118
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