スタイリッシュ・ミアレライフ


 秋になった。カロス地方は落葉広葉樹が多いから、じきに森も寂しくなってしまうだろう。言うなれば、この紅葉は、つかの間の美しさ。そして、フレア団の成功を予兆する色でもあった。
 ザリストのオーパーツ集めは順調であった。ニダンギルやサメハダーの協力もあり、必要なぶんはあと二つ。「あの日」までには間に合う、否、間に合わせる。
「あまり無理はするな」
「無理などしていない」
 突然、幹部の一人に話しかけられたから、ザリストはすぐさま返事をした。
 右目を前髪で隠したこのレンゴクという男性幹部は、最近ザリストの動向を気にし始めたようだった。
「スパイ活動をしていれば、もっときついこともある」
「……そうか」
 レンゴクはそれ以上訊くことはしなかった。

 幹部の中にも温度差がある。女性幹部のジンジャーやデイジーはフラダリに忠実であったが、レンゴクは個人行動が多かった。もちろんそれも任務ではあるが、その立場がローテーションされることもない。フラダリとしては、幹部たちのポリシーを尊重したいだけなのかもしれない。
 決定的な何かがあるのか、とザリストは訝しむが、結局自分も短期契約であるし、レンゴクも何も言わないから、その問題はそのままにしておいた。

 ○

 ニンフィアの隣にいつの間にかクレッフィがいたのは、エテアベニューを歩いている時だった。
「え、どうしたのそのクレッフィ」
「ニン」
「仲良くなったの?」
「フィア!」
 クレッフィといえば、ニンフィアと同じフェアリータイプのポケモンだ。しかし、テルロがかつてクレッフィを見たのは、たったの一度だった。
 名前を知らない少年が、これまた名前の知らない少年と路地裏でバトルしていた時。特性“いたずらごころ”を生かし、先制技でニダンギルの動きを鈍らせたことが記憶に残っている。
 テルロは、そのクレッフィのステータスを見る。ニンフィアが気に入るのだから、もちろん性別はメスだ。そして、その親の名前は――「サルビオ」だった。
「鍵ってどうやってぶらさげるの? 輪っかになってるみたいだけど、この鍵とか、留め具が外せないみたいだし……ん?」
 テルロが鍵を一つ持ち上げると、クレッフィはすぐに後ずさった。
「ごめんごめん、大切なものだもんね」
 そのまま、クレッフィは逃げてしまう。逃げた先はミアレ出版で、丁度そこから出てきたサルビオとぶつかった。
「クレッフィ! どこに……」
 クレッフィは申し訳なさそうな顔をする。サルビオの鍵とパスワードを守る役目なのだから、本来サルビオからは少しも離れてはいけないのだ。
「あ、やっぱあいつだった」
 テルロが言うと、サルビオは顔を上げ、テルロを睨みつける。
「いや待って待って、僕なんもしてないから、ニンフィアと仲良くなったみたいで」
 テルロが弁解すると、ニンフィアはにこりと笑った。
「だからクレッフィは悪くない!」
 言うと、またサルビオはクレッフィを見る。そして、穏やかな手つきで、ぶらさがっていた鍵を一つつまんだ。
(あれ、あの鍵)
「そういえば、お前サルビオって言うんだな」
 その言葉が、本日一番の地雷だった。サルビオはぎょっとする。
「どこでそれを……!」
「えっ、それは、その」
「……ステータスを見たのか。クレッフィの」
「……」
 テルロは返事をしない。それは自分のためではなく、クレッフィを責めてほしくないからだと、サルビオは一応察した。
「クレッフィ、ごめん」
 テルロはクレッフィに謝る。ビルの隙間から吹く風に、ニンフィアのリボンが揺れた。
「だからさ、僕とサルビオも友達になっちゃえばいいんだよ」
「は」
「こんないろんな人がいる場所で、肩肘張るのはしんどいよ?」
 その緊張感のなさのせいで、祖母からは心配されるのだが。
 サルビオの返事がない間に、風はいっそう強くなった。ニンフィアとクレッフィは目をつむる。
「……ん」
 ビルの間から出てきたのは、オンバットの群れだった。オンバットはニンフィアを狙う。
「そうか、“お見通し”!」
「なんだ、それ」
「特性だ。ポケモンの持っている道具を見通せる」
 ニンフィアがリボンの間に隠し持っていたのは、“オボンの実”だった。
「え、えーとどうすれば……戻れ、ニンフィア!」
 ヒールボールを掲げると、ニンフィアはそれに吸い込まれていった。これで実を取られることもない……と思いきや、オンバットたちの矛先はクレッフィに向かった。
「クレッフィ、“電磁波”」
 クレッフィはなんとか相手に当てようとするが、オンバットの動きが素早くて狙いを定められない。
「と、とりあえず応援だな、えーと……クズモー!」
 ボールから出てきたクズモーは、相変わらずテルロ好みの見た目ではなかったが、家に来た時よりは随分と体力がついていた。
「これなら当たるぞ、“溶解液”!」
 それはクズモーの得意技と言って相違なかった。毎度毎度テルロを困らせている技だが、相手が多い時には有利だ。溶解液をかけられたオンバットは動きが鈍る。
「クレッフィ、“じゃれつく”」
 鋼タイプを併せ持つクレッフィは、溶解液がかかったポケモンに触れても平気であった。クレッフィはその場にいたオンバットを皆巻き添えにし、思いっきりじゃれついた。効果抜群だ。
 オンバットはばたばたと地面に倒れる。しかし、そのうちの一匹はしぶとく飛びあがり、テルロの持つヒールボールに触れた。
「お前たち、なんかあったのか……?」

 ビルの隙間に入ると、一匹のオンバットが苦しそうにしていた。
「この子をなんとかしたかったのか?」
 飛べるまでには回復したオンバットたちは、テルロの言葉にうなずく。
「突然トレーナーのポケモンを襲ったと思ったら、それは仲間のためだった、ねぇ。こーいう話、よく聞くけどさぁ。はじめっから素直にアピってくれたらいいんだよ?」
「難しいもんなんだよ」
 そう言ったのはサルビオだった。
「特にここ、ミアレじゃさ」
「……そうか」
 ミアレは都市であるから、本来野生のポケモンは住みつかない。それに、そういうポケモンたちを「駆除」する団体もあるから、オンバットも棘が立ってしまったのだ。
「……こいつは体力がないわけじゃない。ただの毒状態だ」
 サルビオが、苦しんでいるオンバットに近づいて言う。
「そうなのか?」
「ああ」
 それなら、と、テルロはバッグから“ミアレガレット”を出した。
「それならこれでしょー! 人間もポケモンもおいしい、ミアレガレット!」
 それはまさに病み付きの味だ。しかも、最近ガレット屋はテルロの顔を覚え、安く売ってくれるようになったから、テルロは文字通り買い占めていた。
「しっかり噛んで食べろよ」
 テルロはガレットをオンバットの口に運ぶ。しゃく、しゃく、と弱弱しい音が響いたが、オンバットは少し楽になったようだった。
「あとは寝てたら大丈夫! そうそう、今度何かあったら僕呼んで」
 テルロが笑うと、オンバットたちも安心したようだった。
「それじゃまた……って、ん?」
 テルロが振り向くと、クズモーの身体が輝いていた。
「進化だ」
「えっ」
 今まで、散々気持ち悪いと罵ってきたポケモンだけに、この進化がどう転ぶのかテルロには判断できなかった。イーブイがニンフィアに進化した時よりも緊張した面持ちでクズモーを見守る。
 進化した姿は、まさにクズモーの進化形というべき、なんとも風変わりな見た目をしたポケモンだった。
「ドラミドロだ」
 サルビオがテルロを見て、そしてぎくりとする。テルロは身を震わせていた。そうだ、こいつは元々俺が押しつけたポケモンだ、とサルビオは思い出す。このまま逃げようとも思ったが、いかんせんビルの隙間はテルロとドラミドロが塞いでいた。
「お……お……」
 そして、テルロはばっと顔を上げる。
「ソーウ スタイリーッシュ!」
 その叫びの直後、沈黙が流れた。サルビオの中で、何度もその言葉がこだまする。
「このくびれ、たまらないよ。そしてしなやかな腕、そして触覚! ドラミドロ、僕と一緒にダンサーを目指そうっ!」
 そう言って、テルロはドラミドロを抱きしめるが、ドラミドロはまた毒液を吐いた。
「うっ……やっぱり気持ち悪ーい!」
 ドラミドロはにこにこ笑う。
 ――やっぱりこいつ、ドMだ!

 元のエテアベニューに出て、テルロは一つのヒールボールを渡した。
「フラエッテ、お前が育ててくれないか」
「は?」
「んー、だって、結局ドラミドロは僕が育ててるわけだし。一緒に踊りたくて捕まえたんだけど、そいつはバトルがしたいみたいでさ」
「はぁ……」
「んじゃ、よろしく! 肩肘張らずにいこーぜ!」
 その言葉に、サルビオは怯んでしまう。気づけばテルロは数メートル離れた場所で手を振っており、掌には一つのヒールボールが置かれていた。


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