ありのままの君


 自らの持っていた青色の花と一体化し、一回り大きくなったフラエッテの進化形フラージェスを見て、サルビオはほう、とため息をついた。
「フラージェス、お前、バトルしたいか」
 フラージェスは大きくうなずく。こういう元気さは姿が変わってもそのままだ。
「そうか。じゃあ、一緒に戦ってくれ。カロスの未来のために」
 それにも大きくうなずいた。今のカロスの惨状だと、これからの戦いは、必ずしもバトルとは限らない。それはサルビオもフラージェスもわかっていた。
「……ありがとう。それから、クレッフィ」
 サルビオは手招きしてクレッフィを目の前まで呼ぶ。きょとん、とした表情でふわふわ浮くクレッフィを両手で包み込んだ。
「これから、新しいパスワードを覚えてもらう。少し長いから何度か繰り返す、いいか」
 クレッフィは鍵を鳴らして答えた。

 ○

 ザリストは先回りして、フレア団秘密基地に向かう。まだ間に合うはずだ、なんとしても最終兵器を止める。
 エレベーターで下っている時はまるで永遠のようだった。ドアの開きに零コンマ何秒かで反応し、研究室へと出る。その時ザリストを待ち受けていたのは、無数の冷たい視線であった。
 もう仲間ではない、「助ける」ことに値しない。あいつは、フラダリに切られたのだから。
 フラダリの理想に大いに賛同した研究員たちは、ザリストが今どんな立場にいるのか、すでに知っているのだ。それでも、ザリストは一台のパソコンに向かう。あれを漁れば、最終兵器を止めるなにかがあるかもしれない。
「“岩なだれ!”」
 研究員のうち誰かが叫んだ。途端、ザリストは膨大な数の岩に埋もれてしまった。

 ○

 セキタイタウンは、ひどい惨状であった。家屋は倒れ、辺りは“最終兵器”の禍々しいオーラに包まれている。
 ニンフィアはひょい、ひょいと、瓦礫を乗り越えていくが、テルロには少し歩き辛い。そこで、助けを呼ぶことにした。
「トリミアン、“かぎわける”!」
 トリミアン、と名前を呼んだだけで、ニンフィアはむすっとした。ボールから出てきたトリミアンはニンフィアのことを横目で見て、辺りを嗅ぎ分ける。
「バウ」
 トリミアンが示したのは、セキタイタウンの北西にある小道であった。その向こうにある巨石に、なにか人工的なものがついているのをテルロの目が捉えた。
「扉……?」
「おーい、小僧どもはあっちに行ったぞ!」
「止めろー!」
 その時、背後からそう声がした。テルロが声のしたほうを振り返ると、そこから、赤いスーツを着た人が数人走ってくる。どう見てもフレア団の団員だった。
「小僧ども……?」
「最終兵器は止めさせねぇ!」
 その声を聞いて、テルロは確信した。どうやら、あの扉から何者かが侵入したらしいが、彼らはフレア団に敵対しているようだ。つまり、見知らぬ「小僧ども」にテルロが協力してなんら問題はない。
「ニンフィア、トリミアン、いくぞ!」
 二匹が団員たちに向かう。すると彼らもポケモンを出して応戦するが、ニンフィアもトリミアンも各々で行動し、なかなかペースが掴めない。
「た、頼むよふたりともー」
「フィア……」
「バウ」
 互いに大事な時だとわかっていても、簡単に協力することはできない。
「ふん、威勢のいいだけのガキか! やっちまえヘルガー!」
 一人の団員の指示により、ヘルガーは“火炎放射”を吹く。よそ見していたトリミアンは一瞬反応が遅れる。
「ト、トリミアン!」
 テルロは困惑するが、トリミアンは炎を消そうと、首をぶんぶん振る。煙が立ち上った時、トリミアンの毛並みは野生だった頃のように戻っていた。
「えっ……」
 テルロは思い返す。最近、バレエの練習が忙しく、またフレア団との戦いもあって、トリミアンをろくにサロンに連れていなかったことを。しかしそんなテルロをよそに、ニンフィアはトリミアンにすり寄って、にやりと笑った。
「ニン」
「バウ」
 二匹はうなずき、技を放つ。“スピードスター”と“目覚めるパワー”だ。
「うおっ!」
 その意気の合った連射に、フレア団のポケモンたちは耐えられず、倒れてしまった。
「……くそっ! どこか応援を……」
そう言い残し、団員たちは去って行った。

「よっしゃー! でもどうしたの、急に」
 テルロが言うと、ニンフィアはリボンで、ちょいちょいとトリミアンをつつく。
 トリミングに時間がかかるから、テルロに長い時間構ってもらえるトリミアンを、ニンフィアはあまり好ましいと思ってこなかった。
 しかし、こうして――「ありのまま」に戻ってしまえば、お互いを似た存在だと認識することができたのだ。
「ふたりともありがとう。……僕には、このぐらいしかできない」
 テルロは呟いた。バトルは強くはない、大した勇気もない。カロスの未来は、「小僧ども」に託すしかない。
 しゃがんで、二匹を撫でれば、二匹はテルロの両腕に収まった。その姿を見て、誰かがぽん、とテルロの肩に手を置く。顔だけ振り返れば、そこにはサルビオがいた。
「サルビオ! お前も来たのか」
 テルロは立ち上がり、顔をほころばせる。ニンフィアはクレッフィを呼び寄せ、トリミアンと共に輪を囲った。
「……フラージェス、“ミストフィールド”」
 サルビオが指示すると、背後にいたフラージェスは広範囲に技を放った。
「え、もう進化したのか?」
「俺はお前とは違ってポケモンバトルは極めるほうだ」
「そっか、よかった。……って、この技は」
 フラージェスの技によって、ニンフィアたちはどこか安心感を抱く。
「ポケモンが状態異常にならない空間を作り出した。近くの道路では野生ポケモンのため活動している人もいる、とさっき通りすがった人が教えてくれた」
 やや霞がかった町全体を、テルロは見回す。町は瓦礫だらけで、倒れた家もそのままだ。それなのに、人手が足りていない。
「ドラミドロ!」
 テルロは、いつも連れている中では最後のポケモンを出した。
「瓦礫を片付けて、みんなを助けよう。最終兵器が止まっても、ここの人たちが守られなかったら元も子もない!」
「ミド!」
 ドラミドロが動き出すと、ニンフィアとトリミアンも立ち上がる。カロスの未来のため、「戦い」は続くのである。


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